「彫刻刀が刻む戦後日本」展の展示風景=東京・町田市立国際版画美術館で

【この1年】美術 過去を照らし今を知る

文:高橋咲子(毎日新聞記者)

 新型コロナウイルスは依然流行しているものの、美術の世界では折り合いをつける方法を見つけつつある。その一つが、国際芸術祭の復活だ。海外では、日本館にアーティスト集団「ダムタイプ」が参加した伊ベネチア・ビエンナーレ、独ドクメンタの2大芸術祭が開催された。共通するのは、美術史を支えてきた価値観や、「アート」と呼ばれるものについて見直そうとする、明確な問題意識だ。現代美術が、既存の価値観を問い直しながら領域を拡張させてきたことを考えると、当然の試みとも言える。

 欧州に比して感染予防対策が厳格な日本では、イベントを開催するには制約が多かったに違いない。それでも、夏を中心に「あいち2022」(愛知)、「大地の芸術祭 越後妻有」(新潟)、「瀬戸内国際芸術祭」(香川、岡山)、「リボーンアート・フェスティバル」(宮城)などが開かれた。既存の価値観を揺さぶるのが現代のアートならば、ドクメンタで生じた反ユダヤ主義論争のように摩擦が起きることもある。しかし、国内の芸術祭では、摩擦を慎重に避けていると感じることもあった。

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 問い直しと言えば、「彫刻刀が刻む戦後日本 2つの民衆版画運動」(東京・町田市立国際版画美術館)は鮮烈な印象を残した。政治や社会運動と密接に関わりがあったり、担い手が学校現場だったりしたため、主流の美術史からは周縁に置かれてきた視覚表現を扱い、調査研究の成果を作品と充実した資料で立体的に見せていた。近年、会場内での滞留を避けるためか、「詳細は図録で」という展覧会も多いなか、展示空間で意図を十分伝えていた。

 一方、飯山由貴の映像作品「In―Mates」の上映を東京都が認めなかった問題は、政治や歴史認識を巡る表現が忌避された顕著な例だろう。表現そのものではなく、ある事柄(この場合は関東大震災の朝鮮人虐殺)に触れること自体を避ける行為は、摩擦を過度に恐れた思考停止状態に他ならない。この問題に先立って、オンライン展示を認めなかった国際交流基金にも同じことが言える。

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 作品を秘蔵するのでなく、展示を通じて公開することの意義はどこにあるのだろう。作品は、同時代を反映するだけではない。今の表現は過去を照らし、過去の表現から今を知ることもできる。作品を前に、多様な人たちが、それぞれに思考することにこそ醍醐味(だいごみ)がある。

 当たり前に享受する展覧会やミュージアムのあけぼのを知る上で、東京国立博物館「国宝 東京国立博物館のすべて」、京都・龍谷ミュージアム「博覧」、神戸市立博物館の「よみがえる川崎美術館」は見応えがあった。

 「ミロ展」(愛知県美術館ほか)、「日本の中のマネ」(東京・練馬区立美術館)は、日本との関わりを通して、よく知られた画家の新たな一面を提示する力のこもった展覧会だった。また、「生活のデザイン」(東京・国立ハンセン病資料館)と「みる誕生 鴻池朋子展」(高松市美術館ほか)は、私たちが造形物を「作品」や「資料」と区分けする行為について考えさせられた。

 小規模館でも充実した企画との出合いはある。東京・板橋区立美術館「建部凌岱展」▽同・渋谷区立松濤美術館の「津田青楓」、「異性装の日本史」▽東京ステーションギャラリー「鉄道と美術の150年」などがそうだった。

 「大竹伸朗展」(東京国立近代美術館)、「ゲルハルト・リヒター展」(同館ほか)、「李禹煥」(東京・国立新美術館ほか)、「菅木志雄展」(岩手県立美術館)、「Chim↑Pom展」(東京・森美術館)など現代美術作家の大規模個展も相次いだ。大阪中之島美術館が2月、構想公表から39年にしてとうとう開館した。

 染織作家の北村武資、芭蕉布の染織作家・平良敏子、陶芸家の坪井明日香、BankART1929代表の池田修が亡くなった。

2022年の展覧会3選

■佐藤康宏(美術史家)
①彫刻刀が刻む戦後日本(東京・町田市立国際版画美術館)
②建部凌岱(りょうたい)展 その生涯、酔(よい)たるか醒(さめ)たるか(東京・板橋区立美術館)
③藤野一友と岡上(おかのうえ)淑子(としこ)(福岡市美術館)

 ①は木版画も社会も熱かった時代を思い出させた好企画。②は文芸方面の評価が先行した作家を画家としてもよみがえらせた。③は藤野の画業の一部を除外したのが残念だが、1960年代の幻想の輝きに誘う。

■中村史子(愛知県美術館学芸員)
①国際美術展ドクメンタ15(独・カッセル市内各所)
②ゲルハルト・リヒター展(東京国立近代美術館、愛知・豊田市美術館)
③人間の才能 生みだすことと生きること(滋賀県立美術館)

 南半球のアーティストたちが広く社会へ表現を開いてみせたドクメンタと、巨匠リヒターによるドイツ史をめぐる作品群はまさに対照的。③は「アール・ブリュット」を学芸的に分析した好企画。

2022年12月14日 毎日新聞・東京夕刊 掲載

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