ファン広げた、戦後の展覧会 「美術の毎日」これからも

文:高橋咲子、平林由梨(毎日新聞記者)

日本美術

西洋美術

 創刊150年を迎えた毎日新聞は、さまざまな文化事業を行ってきた。特に戦後、美術展はその中核を担ってきた。敗戦直後に美術団体の民主的活動を後押しした美術団体連合展、作家本人も来日したミロ展、アジアで初めて5点が展示されたフェルメール展、日本美術ブームの足がかりとなった雪舟展……。各時代の展覧会を振り返りつつ、今後の展覧会事業を展望する。

多様な価値観反映を

 毎日新聞が創刊したのは明治維新から間もない1872年。そもそも、出発からして〝美術〟とゆかりが深かった。創立者は、浮世絵師の落合芳幾や、日本画家・鏑木清方の父で戯作者の條野採菊ら。次いで参画した岸田吟香は、画家・岸田劉生の父だ。

 戦時中には、国威発揚の「紀元二千六百年奉祝日本画展」(1940年)や、戦意高揚のための「戦ふ少年兵展」(43年)などを開催。戦後の実質的な再出発は、47年の「美術団体連合展」だった。同年を「文化の花ひらく朝」と位置づけ、戦後活動を再開した美術団体などに参加を呼びかけた。

国際芸術祭の先駆け 

 同展は5回まで続き、その後、開催したのが国内外の美術の動向を紹介する「日本国際美術展」(52~90年、通称・東京ビエンナーレ)と「現代日本美術展」(54~2000年)だった。

 「戦後美術の研究者にとって、二つの展覧会の功績は重要です」。東京大学大学院総合文化研究科の加治屋健司教授(表象文化論・美術史)は指摘する。特に知られるのは、「人間と物質」をテーマに掲げた第10回日本国際美術展。リチャード・セラ、カール・アンドレやクリスト、高松次郎、河口龍夫、松澤宥ら40人が参加した。

 日本における国際芸術祭の先駆けとも言える試みで、途中からはコミッショナー制度を取り入れ、第10回は美術評論家の中原佑介が企画や作家選定を担った。加治屋教授は「70年代以降はキュレーションの力が注目されるようになるが、その契機の一つとなった。またアトリエではなくその場で考えて作品をつくる、今では当たり前になった制作も行った」と振り返る。

 西洋絵画の「巨匠」も紹介してきた。60年代にはピカソやダリ、ミロといった当時存命のスペイン現代作家展を続けて企画。66年の大規模なミロ展では、以前から日本文化に関心が深かったミロの初来日が実現した。滞在中には毎日書道会との交流の場も設け、ミロは東京本社新社屋の完成を祝って「祝毎日」という書をしたためた。

「祝毎日」と大書するミロ画伯=東京都千代田区の毎日新聞社長室で1966年10月4日撮影

創刊100年を記念したゴヤ展(71~72年)では、「着衣のマハ」と「裸のマハ」が来日したこともあり、約130万人が訪れた。

ゴヤ展に来館された幼少期の浩宮さま(現在の天皇陛下)。「着衣のマハ」をご覧になる=1971年12月27日撮影

 70~80年代には旧ソ連や東欧諸国の国立美術館のコレクションを紹介。冷戦下、民間企業として「鉄のカーテン」の向こう側と、文化を通じて国際交流を行った。

フェルメールの衝撃

 00年に大阪市立美術館で開かれた「フェルメールとその時代」展。30点あまりの現存作のうち「青いターバンの少女(真珠の耳飾りの少女)」など5点が一堂に会したのは「事件」だった。「5点そろうのは日本はおろかアジアでも初めての機会だった。当時、フェルメールの知名度は一般にはないに等しかった」と、元毎日新聞美術事業部長で、現・静岡市美術館の高市純行副館長は振り返る。にもかかわらず、作品にみせられた人たちが全国から大阪に押し寄せ、ファンを一気に増やした。

フェルメールの作品に見入る人々=2020年4月4日撮影

 日本美術の展覧会では、52年の「奈良春日興福寺国宝展」(東京・日本橋三越)が記憶に残る。阿修羅像などが展示され、3週間足らずの会期中に50万人が鑑賞したと紙面は伝える。興福寺によると、阿修羅像が奈良を出たのは2回のみで、同展が初の機会だったという。

 画期をなしたのは02年の「雪舟」展。高市副館長は「西洋美術など海外物が全盛のなか、今に至る日本美術ブームの起点となった」と見る。「雪舟を神棚から降ろそう」を合言葉に、博物館研究員に気鋭の研究者が加わって企画し、東京、京都で50万人以上が訪れた。「00年に京都国立博物館であった若冲展もブームのきっかけを作ったと言われるが、動員数は9万人ほど。社会的なインパクトは雪舟展の方がはるかに大きかった」。直前には、「日本国宝展」(00年)や「国宝鑑真和上展」(01年)などで数十万人の入場者数があったものの、「いずれも有名寺院の仏教彫刻やきらびやかな絵画がメイン。色のない水墨画の展覧会なんて酔狂な、と言われた」と振り返る。「古くさいもの」と見られがちだった日本美術のイメージを変える一助となった。

「没後500年 特別展『雪舟』」では多数のファンが詰め掛け、会場周辺には長蛇の列ができた=京都市東山区の京都国立博物館で、2002年3月16日撮影

 海外のネットワークを駆使したり、広く周知したりすることで美術ファンを増やしてきた新聞社の展覧会。一方で、こうした大型展は近年、曲がり角にあると言われる。新型コロナウイルス下で入場者の制限があり、「名画」を集めた展示が話題先行だという意見も目にする。では、新聞社の展覧会には今後どのような役割が期待されるのか。加治屋教授は「リベラルな価値観を持っている新聞社だからこそ、世界の多様な考えを反映した表現を紹介し、社会がどうあるべきか投げかけてほしい。言論をつくる新聞社の理念とも合致する。記事などを通じて美術の愛好家だけでなく、広いネットワークのなかで議論することもできるのではないか」と話していた。

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EXHIBITION(開催予定の展覧会)

没後50年 鏑木清方展

「築地明石町」1927-年 東京国立近代美術館蔵 ©Nemoto-Akio

 3月18日~5月8日 東京国立近代美術館

 5月27日~7月10日 京都国立近代美術館

 鏑木清方の代表作「築地明石町」と、合わせて3部作となる「新富町」「浜町河岸」は、2019年に44年ぶりに公開されました。本展ではこの幻の3部作を、会期中展示替えなしでご紹介します。日本画作品109件で構成する清方の大規模な回顧展です。

スコットランド国立美術館 THE GREATS 美の巨匠たち

ディエゴ・ベラスケス「卵を料理する老婆」1618年 スコットランド国立美術館蔵 © Trustees of the National Galleries of Scotland

 4月22日~7月3日 東京都美術館

 7月16日~9月25日(予定) 神戸市立博物館

 10月4日~11月20日 北九州市立美術館 本館

 ラファエロ、エル・グレコ、レンブラント、ルノワールなど、ルネサンス期から19世紀後半までの西洋絵画史を彩る巨匠たちの作品を展示します。17世紀スペインを代表する画家、ベラスケス初期の傑作「卵を料理する老婆」も初来日。さらに、英国絵画も多数出品し、魅力あふれるスコットランド出身画家たちの名品も紹介します。

神戸市立博物館開館40周年記念特別展

「よみがえる川崎美術館 ―川崎正蔵が守り伝えた美への招待―」

円山応挙「海辺老松図襖」(部分) 天明7年(1787) 東京国立博物館蔵 Image:TNM-Image-Archives

 10月15日~12月4日 神戸市立博物館

 川崎美術館は、明治時代に実業家・川崎正蔵が開設した日本で初めての私立美術館です。川崎が収集した日本・東洋美術の名品は、金融恐慌をきっかけに散逸してしまいますが、それらを再び神戸の地に集結させます。美術館を彩った円山応挙の襖(ふすま)も再現展示します。

東京国立博物館創立150年記念 特別展「国宝 東京国立博物館のすべて」

国宝「松林図屛風」(右隻) 長谷川等伯筆 安土桃山時代・16世紀 東京国立博物館蔵

 10月18日~12月11日 東京国立博物館

 日本で最も長い歴史を誇る最大の博物館、東京国立博物館。同館創立150年を記念し、膨大な所蔵品の中から国宝89件すべてを初めて展示します(展示替えあり)。また、所蔵する数々の名品や諸資料を通じ、日本近代化の世相を反映した博物館の活動や、文化財保護と活用の取り組みなど、150年の歴史を多面的に紹介します。

2022年3月8日 毎日新聞・全国朝刊 掲載

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