「アナザーエナジー展」の展示風景。作品は三島喜美代の新作=東京・森美術館で2021年4月21日、高橋咲子撮影

【この1年】美術 女性作家の活動に光

文:高橋咲子(毎日新聞記者)

ジェンダー

 今年は、昨年に始まった「石岡瑛子」(東京都現代美術館)で幕を開けた。多彩な仕事とその人を見つめる同展は、会期末が近づくにつれ入館待ちの行列が長くなった。コロナ禍で沈んだ空気のなか、エネルギッシュな仕事の数々に鼓舞された人は多いに違いない。

 今年を特徴づけるキーワードは「女性」だ。三島喜美代らベテランの女性作家を特集した「アナザーエナジー展」(東京・森美術館)や、フェミニズムという言葉を展覧会に冠し、男性作家も参加した「ぎこちない会話への対応策―第三波フェミニズムの視点で」「フェミニズムズ」(金沢21世紀美術館)などは象徴的だ。

 「久保田成子展」(新潟県立近代美術館ほか)、「ピピロッティ・リスト」(京都国立近代美術館ほか)、「ロニ・ホーン」(神奈川・ポーラ美術館)、「遠藤彰子展」(神奈川・平塚市美術館)、「福田美蘭展」(千葉市美術館)と、キャリアをしっかり見せる個展も印象に残った。

 欧米の白人男性作家が中心だった美術史を編み直す作業は、世界的な潮流だ。東京・アーティゾン美術館は抽象表現主義の女性画家の作品を新規収蔵し、印象派の女性画家と共に「STEPS AHEAD」で、果たした役割を紹介していた。

 従来の価値観が変化するなか、美術界を取り巻くハラスメントも顕在化した。これに対し、表現者や研究者らが問題解決に向けて動き出した。ハラスメントの実態やその背景にあるジェンダーバランスを調査した「表現の現場調査団」をはじめとする諸団体の活動に引き続き注目したい。

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 活動が停滞しがちな状況にあって、ベテランの現在進行形の活躍は一層明るい話題だ。85歳の横尾忠則は過去最大級の個展を愛知県美術館などで開催。間もなく101歳の野見山暁治も東京・京都の高島屋で個展を開き、描き続けた先に今があることを示した。

 コロナ禍はコレクションに目を向ける契機となったと言われるが、現代美術家が選定した収蔵品を、懐中電灯で照らしながら鑑賞する「ライアン・ガンダーが選ぶ収蔵品展」(東京オペラシティアートギャラリー)をはじめ、既にある〝財産〟に意欲的に光を当てた企画は、今後さらに広がりそうだ。

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 私たちは、なぜ美術館に行くのだろうか。その場に立ち、展示室と作品、作品と作品の関係から何かを受け取るとき、鑑賞の醍醐味(だいごみ)をしみじみ感じる。空間全体から言葉にならない感覚を味わえた「マーク・マンダースの不在」(東京都現代美術館)、描かれた「電線」に着目した「電線絵画展」(東京・練馬区立美術館)などがそうだ。

 「主流・人気」から外れたテーマを扱う企画ならば、出合いはとりわけ印象に残る。男性を表象した彫刻を取り上げた「男性彫刻」(東京国立近代美術館)、メディアを横断し「不鮮明画像」に着目した「フォトグラフィック・ディスタンス」(栃木県立美術館)、日本画に欠かせないにかわを文化史的視点からたどる「膠(にかわ)を旅する」(東京・武蔵野美術大学美術館)は、キュレーションの巧みというほかない。

 視野を広げるといえば「民藝(みんげい)の100年」(東京国立近代美術館)もそうだ。「民藝」は人気の分野だが、作品の外にも目を向け、近代化する日本社会と表裏一体の運動を美術館の展示で示したことに意義がある。

 一方、「国宝 鳥獣戯画のすべて」(東京国立博物館)では「動く歩道」を初導入した。誰もが平等に見られる利点はあるものの、鑑賞の自律性を損なうリスクもあると強調したい。与えられるだけでなく、展示から主体的に感じ、考える鑑賞者を育てるためにも普及してほしくない装置だ。

 長野県立美術館、青森・八戸市美術館、滋賀県立美術館がリニューアルを経て開館、前二つは建築も話題となった。

 画家の安野光雅、美術家の篠田桃紅、日本画家・稗田一穂、イスラエルの彫刻家、ダニ・カラヴァン、陶芸家の黒田泰蔵、画家・富山妙子、グラフィックデザイナー・仲條正義が死去した。

2021年の展覧会3選

■高階秀爾(美術評論家・大原美術館館長)
①没後70年 吉田博展(東京都美術館ほか)
②ミネアポリス美術館 日本絵画の名品(東京・サントリー美術館ほか)
③隈研吾展(東京国立近代美術館ほか)

 芸術は芸(美意識)と術(技法)によって成立する。絵、彫、摺(すり)のすべてに参画した吉田博、日本の木工技術を現代に生かした隈研吾、ミネアポリス美術館の狩野山楽、「誰が袖図屛風(びょうぶ)」などはその例証である。

■中村史子(愛知県美術館学芸員)
①Viva Video! 久保田成子展(新潟県立近代美術館ほか)
②Reborn-Art Festival 2021-22(宮城・石巻市街地ほか)
③民藝の100年(東京国立近代美術館)

 久保田展以外にも、ピピロッティ・リスト展やアナザーエナジー展など女性作家の骨太な企画が多数。東日本大震災から10年を経た石巻の景色も忘れ難い。民藝展は多くの論点を含み刺激的。

2021年12月16日 毎日新聞・東京夕刊 掲載

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