東京都写真美術館「山城知佳子 リフレーミング」会場風景(2021年)=井上佐由紀氏撮影

【この1年】写真 既存の価値観問い直す

文:竹内万里子(写真批評家)

写真

 コロナ禍による生活様式の変化が追い風となって、写真と動画が日常生活にさらに浸透する一方、プロカメラマンによる撮影や現像を中心とする写真業界全体の落ち込みが止まらない。それに伴い写真界の再編も進んだ。『アサヒカメラ』や東京・銀座ニコンサロンが幕を閉じた昨年に続き、今年は1991年以来、新人写真家の登竜門として知られてきたキヤノンの「写真新世紀」の公募が終了した。優秀な写真家を輩出し、幅の広い表現をめぐる対話や鑑賞の場を提供してきただけに惜しまれる。

 ここからデビューした写真家の活躍は今年も目立っていた。96年度優秀賞を受賞した蜷川実花は、全国巡回展の集大成として「蜷川実花展―虚構と現実の間に-」(東京・上野の森美術館)を開催し、複数のジャンルを大胆に横断する作品群を披露した。2000年度優秀賞を受賞した澤田知子は、デビュー作から新作までを網羅する個展「澤田知子 狐の嫁いり」(東京都写真美術館)を開催した。

 確かに写真を取り巻く環境は激変したが、写真の消費が日常に溶け込む今だからこそ、カメラという視覚装置を通じて既存の価値観や枠組みを問い直すという写真家の役割は、よりいっそう重要になっている。改めてそう実感させる展覧会が今年は特に充実していた。「鷹野隆大 毎日写真1999―2021」(大阪・国立国際美術館)は、日常化する写真の特質を複数のアプローチによって根本から問い直した。「山城知佳子 リフレーミング」(東京都写真美術館)は、山城の出身地である沖縄が抱える問題を超え、人間と自然との関係を別の枠組みから見せようと試みた。「石川真生展:醜くも美しい人の一生、私は人間が好きだ。」(沖縄県立博物館・美術館)や「石内都展 見える見えない、写真のゆくえ」(兵庫・西宮市大谷記念美術館)は、それぞれベテランの石川や石内による初期作から新作までを紹介し、独自のアプローチで人間の生や記憶に深く切り込む写真家の本領を見せた。

 圧倒的に男性中心だった国内の写真界において、石川も石内も70年代から数少ない女性の写真家として活動してきた先駆者である。90年代以降は女性の写真家が一気に増加したが、美術界や写真界におけるジェンダーの問題は昨今やっと議論の俎上(そじょう)に上がるようになったにすぎない。金沢21世紀美術館で開かれた特別展「ぎこちない会話への対応策―第三波フェミニズムの視点で」では、写真家の長島有里枝がゲストキュレーターとして90年代以降に台頭した10名の作家による多様な作品を紹介した。

 今年鬼籍に入った作家には、北海道・東川町国際写真フェスティバルのプロデュースなどを通じて写真文化の振興にも貢献した勇崎哲史(49年生まれ)、個人や集団の死や記憶をテーマに写真を用いたインスタレーションなどで知られるフランスのクリスチャン・ボルタンスキー(44年生まれ)、日本写真研究の第一人者で、国内有数の写真集コレクターとしても著名な写真史家・写真評論家の金子隆一(48年生まれ)がいる。

2021年12月16日 毎日新聞・東京夕刊 掲載

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