「羽広鉄瓶」 山形県・羽前山形 1934年頃 日本民藝館蔵

 柳宗悦没後60年記念展「民藝(みんげい)の100年」が26日から東京国立近代美術館(東京都千代田区)で始まる。柳らが収集した暮らしの道具類や民画のコレクションとともに出版物などの同時代資料を展示し、総点数450点を超える作品と資料を通して、民藝とその内外に広がる社会、歴史や経済をたどる。本展を企画した花井久穂・同館主任研究員が見どころを紹介する。

「スリップウェア鶏文鉢」イギリス 18世紀後半 日本民藝館蔵

日常の美、追い求め

  今、なぜ「民藝」に注目が集まっているのでしょうか。「暮らし」を豊かにデザインすることに人々の関心が向かっているからなのか。それとも、日本にまだ残されている地方色や伝統的な手仕事に対する興味からなのか。いずれにせよ、およそ100年も前に柳宗悦、濱田庄司、河井寬次郎が作り出した新しい美の概念が、今なお人々を触発し続けているのは驚くべきことです。

 「民藝」とは、「民衆的工芸」を略した言葉です。柳らは、いち早く西洋に触れたモダニストでありながら、それまで見過ごされてきた日常の生活道具の中に潜む美を見いだし、工芸を通して生活と社会を美的に変革しようと試みました。柳宗悦の没後60年に開催される本展は、民藝の思想が胚胎した1910年代から戦後の70年代まで、時代とともに変化し続けた民藝の実践を俯瞰(ふかん)的な視点からとらえなおす試みです。

「ににぐりネクタイ」(デザイン指導・吉田璋也) 向国安処女会ほか(鳥取県) 1931年デザイン
鳥取民藝美術館蔵 撮影・白岡晃

 じつは、当館は開館まもない頃、晩年の柳宗悦から辛辣(しんらつ)な「批判」を投げかけられています。たしかに当館の名称はすべて柳が対抗しようとしたものばかり(「東京―地方」/「官―民」/「近代―前近代」/「美術―工芸」)。本展は63年前、柳から投げかけられた辛辣な「お叱り」を今、どのように返球するのか、というチャレンジでもあります。

図1・民藝樹「月刊民藝」創刊号 1939年4月

 今回とりわけ注目するのは、「美術館」「出版」「生産―流通(店)」という3本柱「民藝樹」(図1)を掲げた民藝のモダンな「編集」手法と、それぞれの地方の人・モノ・情報をつないで協働した民藝のローカルなネットワークです。民藝の実践は、美しい「モノ」の収集にとどまらず、新作民藝の生産から流通までの仕組み作り、あるいは農村地方の生活改善といった社会の問題提起から、衣食住の提案、景観保存にまで広がりました。

雑誌「工藝」第1号-第3号 1931年(型染・装幀 芹沢銈介)
写真提供・日本民藝館

 実はこの「民藝樹」の3本柱のうち、左の「生産―流通」、つまり「ショップ」の枝については、これまで美術館の民藝展では、あまり語られてこなかった部分です。従来は、柳の目が選別した「古民藝」、民藝運動に携わった個人作家の工芸作品が中心でした。しかし、彼らの機関誌「工藝」や「月刊民藝」は、「鳥取通信」や「たくみ通信」など、民藝運動に携わった地方の人々と柳たちの対話が詰まったドキュメントだということが分かります。

 今回の「民藝の100年」展では、30年代に隆盛した民藝同人たちの「地方―都市」間のやりとりや、「ショップ」が民藝運動にどのような役割を果たしたか、ということまで視野にいれて紹介します。

 「近代」の終焉(しゅうえん)が語られて久しい今、持続可能な社会や暮らしとはどのようなものか――「すでにある地域資源」を発見し、人・モノ・情報の関係を編みなおすことで常にアップデートを繰り返した民藝運動の可能性を見つめなおす機会になれば幸いです。(東京国立近代美術館主任研究員 花井久穂)

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井浦新さんがガイド

音声ガイドナビゲーターを務める井浦新さん

 音声ガイドナビゲーターは、映画を中心にドラマ、ナレーションなど幅広く活動する俳優・井浦新さん=写真。ミュージアム・出版・セレクトショップ―衣食住から景観保存にいたるまで幅広く展開した民藝の100年を案内する。貸出料金600円(税込み)。

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図録とグッズ通販でも

 会場特設ショップのほか、通販サイト「まいにち書房」(https://www.mainichi.store/)でも図録とオリジナルグッズ=写真=の一部を販売する。図録は1冊2600円(税込み)。送料別。商品のお届けは11月下旬以降。

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INFORMATION

開催概要

◇会期
10月26日(火)~2022年2月13日(日)
◇休館日
月曜日(ただし1月10日は開館)、年末年始(12月28日~1月1日)、1月11日。入館は午前10時~午後4時半、金・土曜は午後7時半まで。会期中、一部展示替えあり。
◇会場
東京国立近代美術館(東京都千代田区北の丸公園3、地下鉄東西線・竹橋駅下車)
◇観覧料
一般1800円、大学生1200円、高校生700円。中学生以下、障害者手帳をご提示の方とその付き添い者1人は無料。
◇チケット販売場所
同館窓口(当日券のみ)、お得な音声ガイド付きチケットほかオンラインチケットは展覧会公式ウェブサイト(https://mingei100.jp)から購入できる。
◇問い合わせ
050・5541・8600(ハローダイヤル)
※新型コロナウイルス感染症予防対策を万全に講じて開催いたします。詳しくは同館ホームページ(https://www.momat.go.jp/)をご確認ください。感染拡大の状況に応じて、開催内容を変更する場合があります。最新情報は展覧会公式ウェブサイトなどでご確認ください。

主催 毎日新聞社、東京国立近代美術館、NHK、NHKプロモーション
協賛 NISSHA、三井住友海上
特別協力 日本民藝館

2021年10月22日 毎日新聞・東京朝刊 掲載

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