UAE館「ウエットランド」の一部=Images courtesy of National Pavilion UAE

地域に根ざす建築、世界に問う
ベネチア展金獅子賞の寺本健一さん

文:平林由梨(毎日新聞記者)

インタビュー

建築

 イタリアで2年に1度開かれるベネチア・ビエンナーレ国際建築展。今年は17回目となり、「国別参加部門」でアラブ首長国連邦(UAE)の作品がグランプリにあたる金獅子賞に輝いた。UAEのキュレーターとして活躍したのが、建築家の寺本健一さん(47)。今回の受賞の意味とは何だろうか。

ベネチア・ビエンナーレ国際建築展でUAE館の共同キュレーターを務め、金獅子賞を受賞した寺本健一さん=寺本さん提供

UAE館に参加

 ベネチア・ビエンナーレ国際建築展の国別参加部門は、国同士が威信をかけて受賞を狙うメインどころだ。

 寺本さんは、大学院修了後、在籍していた東京の建築事務所で、キルギス、カザフスタン、タジキスタンの3国それぞれで大学を同時に設立するプロジェクトに携わった。「デザインチームは東京、エンジニアチームはロンドン、ランドスケープ(景観)チームはカナダ、クライアントはパリ、といったように世界中に関係者がいるビッグプロジェクトです。集まってミーティングをするのにちょうど良いハブ(結節点)がドバイだったんです」

 このプロジェクトに参加していた頃は、1年の半分は海外で過ごしていた。その経験が「世界のどこにいても建築ができる」という自信につながったという。

 2012年、このチームの同僚だったレバノン人建築家、ワイル・アル・アワールさんがドバイで設立したデザイン事務所に共同経営者として参加。今回のUAE館の作品のコンペに2人で参加したところ、約100組の中から共同キュレーターに選ばれた。

 寺本さんは「UAE館はステレオタイプな『ドバイ像』とは、ギャップがありますよね」と笑った。ドバイはUAEの経済の中心地。そのイメージといえば、オイルマネーが流れ込む中東屈指の大都市で超高層ビルが林立している――といったところだろう。

 しかし、今回のUAE館はそんなイメージとはほど遠い。作品名は「ウエットランド(湿地)」。海水を淡水化する際に出る高濃度塩分水を再利用したセメントを用いて長さ40~60㌢のサンゴのようなパーツを約3000個組み上げた。素材の開発や組み立ての過程では最新技術を用いたものの、外観は半ドーム型のようでごつごつとしていて、高層ビルのような派手さは感じられない。

 「ぼくやワイルが大切にしてきたのはバナキュラーな建築です」と寺本さんは語る。「バナキュラー」とは聞き慣れないが、「その地域に根ざした建築、ということです。気候や立地、そこに住む人々の生活や風土といった足元を見つめるような建築を手がけてきました」と説明した。

 いま、世界中の都市が鉄、コンクリート、ガラスからなる同じようなビルによって平準化しつつある。そんな現状を問題視し、まさにその先端を行く現場であるドバイから異を唱えた。

産廃を活用

 寺本さんが「バナキュラーな建築を大切にしてきた」と語る通り、UAE館では日々の暮らしの足元に存在する「バナキュラーな材料」を用いた。UAEは砂漠国で真水が貴重なため、海水を淡水化して、工業用やかんがい事業用、飲用などにしている。その際に大量に生じるのが「ブライン」という高濃度塩分水。実際は産業廃棄物扱いになっているのだが、発想を転換し、この地域独特の素材として再利用することに成功した。

 このブラインからUAE館の作品に使ったセメントを生成。組み立てには東大の協力を得たほか、米国を拠点とする写真家の作品を並べた。審査では、こうした国境を超えたコラボレーションも重視され、「廃棄物と生産の関係を地域的かつ世界的スケールで考えさせ、手仕事とハイテクを掛け合わせることの可能性を開いた」という高評価を得た。

 ドバイでの約10年の活動を経て、20年に日本に戻り、自然豊かな千葉県勝浦市に拠点を定めた。「今度は日本のバナキュラーな魅力をじっくりと見つめたい」と語った。

PROFILE:

寺本健一(てらもと・けんいち)さん

1974年、埼玉県生まれ。2000年に東京理科大院修了。オランダで活動した後、建築設計事務所「シーラカンスアンドアソシエイツ東京」に在籍。12年にドバイに拠点を移す。20年に創業パートナーだった建築事務所「waiwai」を離れ、今年から「Office of Teramoto」代表。

2021年10月22日 毎日新聞・東京朝刊 掲載

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