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新風吹き込んだ日本美術
「ブダペスト国立工芸美術館名品展 ジャポニスムからアール・ヌーヴォーへ」が9日からパナソニック汐留美術館で始まる。ブダペスト国立工芸美術館(ハンガリー)の19世紀末葉から20世紀初頭までのコレクション約200点を通じて、日本美術がどのようにして西洋に影響を与えたのかを、ジャポニスムとアール・ヌーヴォーをテーマに展観する。本展監修者の武蔵野美術大学教授、木田拓也さんが本展の見どころを紹介する(作品解説はパナソニック汐留美術館学芸員、宮内真理子さん)。
日本からヨーロッパに運ばれた浮世絵が熱狂的に迎えられ、印象派の画家たちに大きな影響を与えたことはよく知られているが、それと同じように工芸もまたジャポニスム現象を巻き起こし、やがてそれを土台としてアール・ヌーヴォーが花開くことになった。本展では、ブダペスト国立工芸美術館が所蔵する陶磁器やガラスを中心に、ジャポニスムからアール・ヌーヴォーへの展開を紹介する。
日本が開国した19世紀中ごろのヨーロッパ工芸は歴史主義の時代と呼ばれ、過去の様式のリバイバルが盛んにおこなわれていた。しかしそれはその様式を生んだ時代の精神を忘れ、表面的に引用して折衷的に組み合わせたものに過ぎなかった。停滞ムードが漂っていたヨーロッパの工芸界に新しい表現の可能性を示したのが日本の工芸にほかならなかった。
ジャポニスムの工芸としてまず登場したのは、浮世絵や花鳥画にみられる図像や、着物や陶磁器にみられるモチーフを引用したものだった。トンボ、バッタなどの昆虫や、カエル、トカゲなど、いささかグロテスクな小動物を描いたテーブルウエアがあらわれた。やがて日本の工芸の装飾手法そのものが取り入れられるようになり、金粉をふりかけた蒔絵(まきえ)風の装飾や、古九谷の特色となっている地紋つぶし、すなわち緻密な地模様を描き込んだ上から色釉(いろゆう)をかけた陶器などがあらわれた。また、瓢簞(ひょうたん)形やヘチマ形の花瓶が登場したのも日本の影響によるものだった。
日本の工芸の影響としてもう一つあげられるのは、ジャポニスム時代を経て、ヨーロッパの陶磁器やガラスにみずみずしい生命力を感じさせる草花の図像が大胆な構図で生き生きと描かれるようになったことだ。19世紀末のロイヤルコペンハーゲン窯では器胎に図像を描いて表面を透明釉で覆う釉下彩の効果を生かして生気あふれる植物が、また、エミール・ガレのガラス器には生命のはかなさを感じさせるかれんな草花があらわされている。日本の工芸の影響のもとに生まれた叙情性あふれる花の表現はアール・ヌーヴォーの特徴ともなった。
日本の陶磁器にみられる流れかかる釉薬も新しい工芸表現を生み出す源泉となった。釉薬の調合と焼成の実験と探究が行われ、焼成中に起こる釉色の予期せぬ変化を取り入れた陶磁器が生まれた。また、日本の金蒔絵の輝きも憧れの的となり、きらびやかに輝く光彩の効果を求めてハンガリーのジョルナイ陶磁器製造所ではエオシン釉が、また、ルイス・C・ティファニーによってファブリルガラスが開発された。
ハンガリーの工芸産業の活性化を促すことを目的に1872年に設立されたブダペスト国立工芸美術館のコレクションは当時の工芸界の新潮流を敏感に反映している。ジャポニスムとアール・ヌーヴォーの時期に焦点を当てた本展覧会からはヨーロッパ各地の製陶所やガラス工房が工芸の新しい表現の可能性を競い合っていた19世紀末の工芸界の熱気がうかがえる。
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作品解説
※作品はすべてブダペスト国立工芸美術館蔵
![](https://growing-art.mainichi.co.jp/wp-content/uploads/2021/10/《蜻蛉文花器》エミール・ガレ 1890年頃-687x1024.jpg)
「蜻蛉文花器」 エミール・ガレ 1890年ごろ
鶴首形のガラス製花器。ピンクの素地に紺色のガラスを被(き)せ、彫琢(ちょうたく)することで水面のハスを背景に、上から舞い降りる蜻蛉(とんぼ)の姿を表している。蜻蛉は武士の象徴であるほか、命のはかなさも表している。
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![](https://growing-art.mainichi.co.jp/wp-content/uploads/2021/10/《葡萄新芽文花器》ジョルナイ陶磁器製造所 1898-1899年-656x1024.jpg)
「葡萄新芽文花器」 ジョルナイ陶磁器製造所 1898~1899年
タマムシのような金属的輝きを放つ大ぶりの花器。器の表面に施されたエオシン彩による緑、青、金などのきらめきと、レリーフ状に彫られた深紅の葡萄(ぶどう)の葉や枝が強いコントラストをなしている。
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![](https://growing-art.mainichi.co.jp/wp-content/uploads/2021/10/《孔雀文花器》ルイス・カンフォート・ティファニー 1898年以前-643x1024.jpg)
「孔雀文花器」 ルイス・カンフォート・ティファニー 1898年以前
コバルトブルーの器表に孔雀(くじゃく)の羽根模様が印象的な花器。真珠貝の表面にも似た虹色光沢の構造色が特徴の特許技法ファブリルガラスで作られ、表面の色あいは見る角度や光の調子によって変化する。
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![](https://growing-art.mainichi.co.jp/wp-content/uploads/2021/10/《菊花に蝶文皿》ジョゼフテオドール・デック 1877-1878年--1024x1002.jpg)
「菊花に蝶文皿」 ジョゼフ=テオドール・デック 1877~1878年
見込みに菊花と釣り鐘形の花、蝶(ちょう)が上絵付けされた平皿。背景には、下地を埋め尽くすように描き込まれた斜格子文の上から黄色の釉彩を施し、古九谷の「地紋つぶし」の手法を取り入れている。
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INFORMATION
開催概要
<会期>
10月9日(土)から12月19日(日)まで。水曜休館(11月3日除く)。午前10時~午後6時、11月5日、12月3日は午後8時まで(入館は閉館の30分前まで)。
※新型コロナウイルスの感染拡大防止のため、開催を延期・中止、または内容の一部を変更する場合あり。開催情報は同館ホームページ(https://panasonic.co.jp/ew/museum/)。
<会場>
パナソニック汐留美術館(東京都港区東新橋1の5の1パナソニック東京汐留ビル4階)
<入館料>
一般1000円、65歳以上900円、大学生700円、中学・高校生500円、小学生以下無料
<問い合わせ>
ハローダイヤル050・5541・8600
主催 パナソニック汐留美術館、毎日新聞社
2021年10月7日 毎日新聞・東京朝刊 掲載