カルメン・ヘレラさんらの作品に見入る人たち=「アナザー・エナジー展」で4月

 女性に注目した展覧会が近年、目立つ。東京・六本木の森美術館では、半世紀以上のキャリアを持つ女性作家を特集した「アナザーエナジー展」を開催。小さなギャラリーで開かれた女性ばかりのグループ展も話題となった。その背景にあるものとは−−。

新作のそばに立つ三島喜美代さん=「アナザーエナジー展」で4月

白人男性目立つ歴史

 六本木ヒルズ内にある森美術館。学生風の男女が明快な色彩で構成された抽象絵画に見入っていた。手がけたのはキューバ生まれのカルメン・ヘレラさん、106歳だ。「挑戦しつづける力—世界の女性アーティスト16人」という展覧会の副題の通り、世界14カ国の72歳から106歳までの現役女性アーティストが参加する(来年1月16日まで)。

 「ここ10年ほど、長いキャリアがある女性作家を再評価する国際的動向がある」。同館の片岡真実館長は指摘する。日本から参加した三島喜美代さん(88)も近年、国内外で評価が高まっている一人だ。さびたタンクからこぼれ落ちるのは、くしゃくしゃになった新聞−−ではなく、陶土に新聞を転写したもの。この新作をはじめ、パワフルで意表を突く作品を展開した。「面白いなと思ったことは、何でも自由にやってきました」と三島さん。4月にあった内覧会では車椅子で登場したが、「(新作の制作で)立ちっぱなしで足が痛くなった。でも苦ではない。これができたんですから」と、からりと笑う。

 国際展の活発化と共に、多文化主義が重視される傾向にある。片岡館長は「30年近く、欧米の白人男性作家を中心にした美術の歴史や美術館のコレクションをいかに多様化するかが大きな課題だった」と振り返る。「世界を構成する誰もが表現行為をしている。なのに、美術が西洋の白人男性がつくったものだけしか見てこなかった。大きな見落としがあったと世界中が気づいたのです。それゆえの『やり直し』です」

若い世代の問題意識

 アートの分野でジェンダーに関心を持つ若い人たちも増えている。1990年代後半からジェンダーの視点を取り入れた展覧会を企画してきた元栃木県立美術館学芸員の小勝禮子さんは「#MeToo以降、若い世代の美術関係者が『ジェンダーやフェミニズムのことを知らなかったけど聞きたい』と、関連シンポジウムにも参加してくる」と話す。

「ひととひと」が開催した「女が5人集まれは皿が割れる」展=東京都足立区で6月

 女性アーティストとリサーチャーでつくる集まり「ひととひと」が今年東京で開催した展覧会「女が5人集まれば皿が割れる」も、小規模ながら話題を呼んだ。女性が社会で直面するハンディキャップを考察し、作品として表現した展覧会だった。

 「ひととひと」は2017年に結成。性犯罪の背景にある社会構造や、美術史や美術業界におけるジェンダーギャップについて語り合い、勉強会を開くなどしてきた。関心の高まりについて、リサーチャーの高橋ひかりさん(26)は「文学やアイドルの発言などに代表される韓国発のフェミニズムも、若い世代に影響を与えているのかもしれない」と考察する。

 ジェンダーの視点を取り入れた展覧会に、男性評論家らから批判の声があがった時代もあった。「90年代の日本の美術業界では、ジェンダーやフェミニズムは重要視されていなかったが、現在はさまざまな問題意識が点在している。多様性が尊重される傾向に加えて、こうした状況が背景にあるのでは」と話す。

 10月には金沢21世紀美術館(金沢市)でフェミニズムの観点からの企画展が予定されているほか、美術館のコレクションから女性作家を再評価する企画が組まれるなど「アナザーエナジー展」以外でも女性作家やフェミニズムに注目する動きがある。専門誌「美術手帖」は8月号で、「女性たちの美術史」と題する特集を組んだ。

 小勝さんはこうした状況を歓迎しつつも、「中高年以上の日本人女性作家の活躍の場は非常に少ない。取り上げられるのは海外で評価された草間彌生さんや、オノ・ヨーコさんら有名作家に限られる」と課題を指摘する。参加作家の男女同数をうたった芸術祭「あいちトリエンナーレ2019」でも、海外女性作家はさまざまな年代で構成される一方、日本人女性は20、30代に偏っていた。「これまでも若い女性作家をもてはやす現象があった。一過性の流行ではなく、地道に美術史や現代美術批評の見直しが進めばいい」

2021年9月30日 毎日新聞・東京夕刊 掲載

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