7月に独立行政法人国立美術館理事長に就任した、逢坂恵理子国立新美術館長=宮武祐希撮影

逢坂恵理子・国立新美術館長に聞く他者知るため 鑑賞を

文:高橋咲子(聞き手、毎日新聞記者)

インタビュー

 新型コロナウイルス下では、美術館・博物館も一時休館するなど活動の縮小を余儀なくされ、美術館・博物館が社会で果たす役割についても改めて問われることになった。地方公立館や都心の私立館、国立館といった多様な館で勤務経験があり、7月に独立行政法人国立美術館理事長に就任した、逢坂恵理子・国立新美術館長(東京)に、美術館でこそ可能な体験とは何か、魅力と共に語ってもらった。

 ――まずは、子供のころの「美術体験」を教えてください。

 中学生のころから、仏像が好きでした。友人たちはビートルズに夢中でしたが、1人古いものが好きで、崩れた土塀などを、渋くていいな、と思ったり(笑い)。

 そもそも母が美術館に行くのが好きで、小学校に入る前から兄と一緒に連れていかれました。頻繁に行ったのは、やはり上野です。国立西洋美術館ができた翌年の松方コレクション名作選抜展(1960年)も見ましたし、東京国立博物館では、最初のツタンカーメン展(65年)にも行きました。次第に1人でも行くようになり、仏像や寺社の建築を「かっこいい!」と思うように。特にひかれたのが仏像の表情で、天平から平安にかけてのものが好きでした。お寺では今のように観光客も多くなく、現実と離れた異空間で歴史の重みを感じました。仏像が連綿と守られて今にあることは、説明がなくても分かります。高校で学芸員資格というものを知り、学芸員になりたいと美術史を専攻しました。

現代美術に衝撃

 ――その後、仕事で現代美術と出合ったわけですね。

 大学で学んだ美術史は印象派止まりで、現代美術は全く学びませんでした。知識もないし、積極的に見ていたわけでもなかったので、作品の写真を見せられたときに「なぜこれが美術なのか」と戸惑い、衝撃を受けたのが、アクションや彫刻を通して社会変革を目指した美術家、ヨーゼフ・ボイスです。美術史を学んだのに分からない、と思った最初の経験で、「それならば知りたい」と心を動かされました。その後、国際交流基金で関わったのが、海外の現代美術を国内に紹介するプロジェクトでした。

 ――分からないからと、そこで終わるのではなく、理解したいと思ったのですね。

 米ニューヨーク近代美術館(MoMA)の鑑賞教育プログラムとの出合いも大きかったです。「ビジュアル・シンキング・カリキュラム」と当時呼んでいましたが、作者や作品名などの情報に基づいて理解するのではなく、視覚的に捉えたものから対話を通じて自分の解釈や感想を言語化し、作品理解を深めていく方法です。フリーのキュレーターをしていた93年には、 MoMAに他の学芸員らと共に研修にも行きました。

 美術に限った話ではありません。現在、ちまたにはフェイクニュースがあふれ、また見破るのも難しいですが、見えているものや考えを少しずらして疑うことで、あるいは他人の発言によって、新しい視点を得られることがある。今、多くの美術館では、見る人の言葉を引き出せるよう研修を受けた鑑賞ボランティアによるギャラリーツアーを行っています。初めての方はこういうツアーに参加するのもお勧めです。

プロの力 もっと必要

 ――コロナ禍で美術館や博物館が休館していた際はオンラインでも展示を楽しみましたが、久しぶりに展示室を訪れたときの感情は忘れられません。全く別の体験だと感じました。

 人間が人間として生きるためには1人では生きられない。他者を知り、自分たちと違う価値観があるということを知る必要があります。美術作品に向き合うということは、足を運んで美術館に赴き、五感を使って鑑賞するということ。持論ですが、デジタル化が進めば進むほど、美術館や芸術の力がこれまで以上に求められると思います。また、美術館がかけがえのない場になるためには、多くのプロフェッショナルの力が必要です。パリやロンドン、ニューヨークなど大都市の美術館は1000人単位で働いていますが、国内で最大規模の東京国立博物館ですら、とても少ない。有期雇用の職員の割合も高い。これまでのような大型展が通用するのかなど、美術館はさまざまな変革を求められています。課題は多いですが、なぜ社会に美術館が必要か多角的に伝えていきたいですね。

PROFILE:

逢坂恵理子(おおさか・えりこ)

1950年、東京都生まれ。学習院大卒。国際交流基金、ICA名古屋を経て、水戸芸術館現代美術センター、森美術館で勤務。2009年、横浜美術館館長。19年、国立新美術館長に就任。ベネチア・ビエンナーレ日本館コミッショナー、横浜トリエンナーレ総合ディレクターなど、現代美術国際展も手がけた。

2021年10月15日 毎日新聞・全国朝刊 掲載

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