料理研究家・土井善晴さん

 柳宗悦没後60年記念展「民藝(みんげい)の100年」が東京国立近代美術館(東京都千代田区)で開かれている。思想家・柳宗悦(1889~1961年)らが提唱した民藝運動を、暮らしの道具類や資料と共に、当時の社会のなかで振り返る企画だ。「道具は人生のパートナー」という料理研究家、土井善晴さん(64)に民藝との出合いや、器選びのこつを聞いた。

河井寬次郎の言葉に導かれ

 ―――ベストセラーとなった著書『一汁一菜でよいという提案』や料理番組を通じて、家庭料理の視点から現代人の食や暮らしを問うてきた土井さん。食に欠かせない器について尋ねると、初めて意識したのは子供のころだったと話してくれた。

 自分のお茶わんや道具に関しては知識がなくても、自分の好きなものを使っていました。小学生のころ、大阪・心斎橋の器屋さんに母とお湯のみを買いに行ったんです。いろんな物があるなかで、しっかりと描き込んだ(染め付けの一種の)祥瑞のお湯のみを自分で選んだんですよ。そしたら母が「ええの選んだな」と言ってくれました。子供だからとアニメの絵柄などではなく、ちゃんとしたものを見てたんだと思いますよね。

リンゴをモチーフにしたスイス製の皿

 大学在学中に初めてスイスに行き、帰国当日のことです。車で自宅まで戻ってくると、それぞれの家の植え込みと、家との関係がとても美しく目に飛び込んできました。居間に入って、仏壇に帰国のあいさつをして、そして母がお茶をいれてくれました。そのお湯のみを手にしたとき、「ああなんてきれい」と。ものの小ささ、(ティーカップやソーサーとは異なる)手で触れるということですね。今でも覚えています。

 ―――父は料理研究家の土井勝さん。大学卒業後渡仏し、さらに大阪の「味吉兆」で日本料理の修業を積んだ。その後、父の料理学校を手伝い始めたが、自分にとっての家庭料理の意味が見いだせずにいた。そんなときに訪れたのが、民藝運動の主要人物で陶芸家、河井寬次郎の記念館だった。

 「超一流」という目標を持って修業していたんですね。ですが、父が家庭料理の指導をしていて、自分も家庭料理をしなければいけなくなった。「これが自分の一生の仕事になるのか」と、当時はやる意味が見いだせなかったんです。それが、京都の河井寬次郎記念館で「仕事を淡々とすれば、あとから美しいものが生まれてくる」という民藝の思想に出合い、「家庭料理は民藝だ」と思うようになりました。

 それまでやっていた懐石では、「この季節にこの器を使って、この部分にこれを盛る」というところまで決まっています。例えると、生まれながらにして刺し身皿。でも民藝のつぼは、水差しにしてもいいし、漬物も入れられる。何にでも使えるんですよ。それがね、道具。「よく働く道具」に、結果として美しさがついてくるんです。

  ――― 話をしていると、向こうでいい香りがしてきた。土鍋で米を炊いているという。土井さんが、炊き上がったご飯を手早く木のおひつに移す。辺りが幸福感に包まれた。おひつも働く道具の一つだ。

土鍋で炊いたご飯をおひつに移すと、湯気が辺りに広がった

 おひつに入れていると、それぞれの温度帯でおいしいんです。冷やご飯だったら、「おいしい冷やご飯」になる。ご飯は温かくなければおいしくないと、ほとんどの人が思っているんじゃない? 昔は炊きたてのご飯を食べるのは、お父さんと長男だけで、あとは冷たいご飯を食べていました。でも、お母さんが食べた冷たいご飯もおいしかったんです。おいしいから文句を言うことはない。「よそ行って冷や飯食わされた」と怒るのは男だけ。権力の基準でものを判断してるの。

 ジュースを作るというとき、ジューサーだと一瞬にしてできる。少し前だと、ややスピードが遅いミキサー。その前はおろし金ですっていた。おろし金でするのが一番おいしいし、一番ビタミンが破壊されない。そのおろし金にしたって、プラスチックだと使ってて楽しくないでしょ。おろすという行為にしても、きれいにおろせたらうれしいな、とか、おろすときの楽しみがあるんです。

 民藝って、日常に使う道具なんです。自分の味方だし、自分の身を守ってくれるものだし、自分を健康にしてくれるもの。自分の人生のパートナーみたいなものですよね、道具というのは。それがその人を作るし、その人がその器を持っているだけで「美しい」ということです。

道具は人生のパートナー

  ――― 次いでテーブルに並べたのは、大切にしているという器。リンゴをモチーフにしたスイス製の皿に、漆のわん、うどん鉢(本展に展示はありません)。「普通のものですよ」と言いつつ、どれも愛着があるものばかりだ。

子供のころから使っているという、小ぶりなうどん鉢

 スイスの皿は30年以上前に購入した、朝食用。パン皿なんかに使うのがいいんじゃない? 漆わんは、漆の木の栽培から、木地づくり、漆塗りまで1人でこなす香川の作家のもの。これは、大阪の実家にあったうどん鉢。道具は割らなければずっとあるものやからね。先ほど「パートナー」という言い方をしたけど、ずっと使っている道具です。子供の時からそばにあるものが、大人になってもあるということは、そこに安心がありますね。

漆の木で作られた漆わん

  ――― 最後に、土井さんはどのような視点で、器を選んでいるのか尋ねた。

 「高いものがいい」とか「安いものが悪い」とかいう世間の基準があるけど、良い悪いと、好き嫌いと、高い安いは別の問題。(自身が好きなものは)「何一つ違和感がない」もの。道具としての純粋さを持っているものですね。民藝でいうところの「健康」という概念です。このごろは数百円のものも買うんです。そのような物のなかに良いものを認められるようになったと思いますよ。今は「好きと良い」が一致してきましたね。

■人物略歴
 土井善晴(どい・よしはる)さん

 1957年大阪市生まれ。料理研究家。スイス、フランス、大阪で料理修業を積んだ後、土井勝料理学校に勤務。92年に独立し、「おいしいもの研究所」設立。テレビ朝日系「おかずのクッキング」、NHK「きょうの料理」などに出演。

#これから100年残したい

 本展の開催を記念して、サステナブルで暮らしを心地よくする「衣」「食」「住まい」「景観(風景)」の写真を募集中。

 本展公式Instagramアカウント(@mingei100)をフォローの上、ハッシュタグ「#これから100年残したい」をつけて写真を投稿。投稿者の中から抽選で、図録や展覧会オリジナルグッズなどをプレゼント。詳細は本展公式サイト(https://mingei100.jp/special/ig/)へ。

自宅でも楽しめる

民藝の100年 図録
「民藝の100年」図録

 会場特設ショップのほか、通販サイト「まいにち書房」(https://www.mainichi.store/)でも図録とオリジナルグッズの一部を販売する。図録は1冊2600円(税込み)。送料別。

本展に展示されている横幅13メートルを超える大作、芹沢銈介「日本民藝地図(現在之日本民藝)」日本民藝館蔵

INFORMATION

柳宗悦没後60年記念展「民藝の100年」

<会期>
2022年2月13日(日)まで。
<休館日>
月曜日(ただし1月10日は開館)、年末年始(12月28日~1月1日)、1月11日。入館は10時~16時半、金・土曜は19時半まで。会期中、一部展示替えあり。
<会場>
東京国立近代美術館(東京都千代田区北の丸公園3、地下鉄東西線・竹橋駅下車)
<観覧料>
一般1800円、大学生1200円、高校生700円、中学生以下、障害者手帳をご提示の方とその付き添い者1人は無料。
<チケット販売場所>
同館窓口で当日券を販売。事前予約不要。オンラインチケットは公式サイト(https://mingei100.jp/)で購入できる。
<問い合わせ>
050・5541・8600(ハローダイヤル)。
※新型コロナウイルス感染症予防対策を万全に講じて開催しています。詳しくは同館ホームページ(https://www.momat.go.jp/)をご確認ください。感染拡大状況に応じて、開催内容を変更する場合があります。最新情報は展覧会公式ウェブサイト等でご確認ください。

主催 毎日新聞社、東京国立近代美術館、NHK、NHKプロモーション
協賛 NISSHA、三井住友海上
特別協力 日本民藝館

2021年11月26日 毎日新聞・全国朝刊 掲載

シェアする