愛知県の豊田市博物館=五十嵐太郎氏撮影

【評・建築】
坂茂 愛知・豊田市博物館 名建築と対なす個性

文:五十嵐太郎(建築史家・東北大大学院教授)

建築

 今春、谷口吉生の傑作として名高い豊田市美術館(1995年)の隣に、豊田市博物館がオープンしたが、そのコンペで筆者は選考委員長をつとめたこともあり、完成が楽しみな建築だった。2019年に公募を開始し、27案が集まり、2次審査に進んだのは、以下の5者。石上純也、坂茂、隈研吾、studio velocity、佐藤総合計画・塚本建築設計事務所チームである。いずれもユニークなデザインだったが、美術館のランドスケープを担当したピーター・ウォーカーの事務所を再起用し、新旧のミュージアムの連続性を提案したことが高く評価され、坂が選ばれた。

 もちろん、それだけではない。20世紀のモダニズム的な美を極めた美術館に対し、博物館は大きさや高さ、プロポーションなどのボリュームの感覚は呼応しつつ、木造の大空間を組み込み、災害対応の機能をもつなど、21世紀的な課題を示している。したがって、両者は互いの個性を強調しながら、どちらかが極端に目立つわけではなく、同じテイストのランドスケープを前にして並ぶという新しい関係性を築くことになった。

 また美術館は空間の緊張感を伴う、現代アートの場だが、博物館は、村田真宏館長によれば「みんなでつくりつづける」というコンセプトを打ち出し、さまざまなレベルでの市民参加を想定している。建築としては、木造の列柱が90㍍にわたって展開する2層吹き抜けの「えんにち空間」はイベントを行い、これと直交するエリアはセミナールーム群が用意された。また常設展示室では、ガラス張りの大きな展示棚のまわりを旋回するスロープで登ることで、視点が変化していくダイナミックな空間の体験をもたらす。豊田市の地形と重要なスポットの歴史がわかる巨大なジオラマも楽しい。

豊田市博物館の内部(左にガラス張りの展示棚、右下にジオラマ、右上にスロープがある)=五十嵐太郎氏撮影

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 なお、企画展示室のお披露目としては、ロンドンのデザイン・ビエンナーレから巡回したペーパー・サンクチュアリ展が開催されていた(5月26日まで)。これは災害支援の活動で知られる坂が、ウクライナの戦争難民の避難所のために設置した紙の間仕切りシステムを紹介しつつ、同じシステムで会場を構成したものである。また難民たちの詩や写真が彼らの現状を鋭く伝えていた。

2024年5月23日 毎日新聞・東京夕刊 掲載

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