ドゥリヤ・カージー、デイヴィッド・エルスワース、イフティハール・ダーディー、エリザベス・ダーディーによる合作「ハート・マハル」1996年、福岡アジア美術館所蔵

【ART!】
「美術でないもの」から見る

文:趙純恵(チョウ・スネ=福岡アジア美術館学芸員)

 「福岡」といったらどんなイメージだろう?

 明太子に始まり、豚骨ラーメンやもつ鍋、夜の街に並ぶ屋台など、真っ先に豊かな食文化を思い浮かべるだろう。歴史においては、中国・後漢の光武皇帝が倭奴国王に贈ったとされる「金印」(国宝)などが有名だ。

 福岡は古代から「海の向こうから入ってきた文化」と混交し、アジア大陸と密接な関係を持って発展してきた土地であり、筆者が勤める福岡アジア美術館(福岡市)もこのような歴史的な文脈の上に成り立っている。

 アジア美術館は、1980年代後半から「アジアの交流拠点都市」を目指す都市政策のもと、99年に開館した。その名の通り「アジア近現代美術の専門館」という特異な個性を持っている。

 特筆すべきは、アジア美術の近代から現代へ至る流れを系統的に示す美術作品の収集と並行して、アジアの民俗芸術や民族芸術、都市部で生まれた大衆芸術などの、本来「美術でないもの」も積極的に収集してきた点にある。それらは、いわば「正しい美術」から疎外された「はずれ者」であり、相対的に西洋由来の美術概念やアジア美術の在り方そのものを問い直す存在となっている。

 美術館では現在、「開館25周年記念コレクション展 アジアン・ポップ」という展覧会を開催しており、筆者は本展の企画を担当した(会期は9月3日まで)。

 本欄で掲載している展示風景の作品は、「ハート・マハル」(心臓の宮殿)という。パキスタンの現代美術家4人が下絵を描き、トラックの装飾職人たちが照明や板金、絵を描き完成させた、いわば「パキスタンの大衆文化と現代美術」を融合させた大型作品である。部屋の奥に光るのは力強く脈打つ心臓を表した電照であり、入った途端に鑑賞者を不思議な世界へと誘う強烈な作品となっている。

 台湾の作家、呉天章(ウ・ティエンチャン)の「春宵夢Ⅳ」は、台湾で撮影された女性の肖像写真を模写したもの。50年代に流行した歌謡曲が流れるのに連動して、その絵画のまわりにある安っぽい電照がついたり消えたりすることで、当時の台湾の不安定な社会状況をキッチュに表現している。

 このほか、中国や韓国、バングラデシュ、インドの作家も紹介し、アーティストが創作の源泉とした映画や商業ポスターなどの大衆美術と併せて見ることができる。

 出品作品のどれもが、芸術における「ロー・アート(大衆芸術)とハイ・アート(高級芸術)」の構造の在り方自体に疑問を投げかける、アジア美術館の姿勢を示す重要な作品だ。

 これまで、美術史において「はずれ者」とされながらもアジア近現代美術に多大な影響を与えてきた大衆芸術。それらを「ポップアート」の概念を引用しながら現代美術と対等に位置づけ直すことで、当館でしかなしえない個性的なコレクション展になったと自負している。自館の原点を見つめ直して企画した本展だからこそ、たくさんの方々にご鑑賞いただきたいと願っている。

2024年6月9日 毎日新聞・東京朝刊 掲載

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