洞春寺に安置された大仏。多くのミニ大仏が棚に並べられている=大仏造立プロジェクト提供

 新型コロナウイルス禍をきっかけにした「令和の大仏」が完成し、この夏に山口市の寺に安置された。大仏のシルエットをした高さ約6㍍の巨大な木製の棚に、色とりどりのミニ大仏約1300体が並ぶ「棚大仏」だ。

 プロジェクトを手がけたのはアーティスト集団「ジャーマンスープレックスエアラインズ」(兵庫県尼崎市)代表の前田真治さん(48)と、メンバーで曹洞宗の僧侶でもある風間天心(てんしん)さん(45)。およそ4年をかけた挑戦を成し遂げ、「ただ拝む対象というだけではなく、関わった人たちの世界が広がるきっかけとなるような存在になれば」と願っている。

 プロジェクトが動き出したのは、ウイルスへの恐怖や先の見えない不安が広がっていた2020年5月。「近年、災害時などにSNS(ネット交流サービス)などで『大仏』というワードが盛り上がっていた」と風間さん。奈良時代、天災や天然痘の流行で社会に不安が広がる中、天下泰安の願いを込めて奈良・東大寺の大仏が造られたことを意識し、「もう大仏造立しかない」といった投稿が増えていた。「コロナ禍でも誰かが造ると言い出すかと思っていたが、それなら自分たちが造ろうと思った。不安や怒りといったマイナスの感情が広がる中で、アートの力で何ができるか試したかった」

 「コロナ大仏造立」と銘打ち、造立資金を集める全国キャラバンの準備費用をクラウドファンディングで募ったところ、目標の300万円を大きく超える額が集まった。同年9月、趣旨に賛同した須磨寺(神戸市)を皮切りに、数カ月の予定で全国の寺院などを巡るキャラバンを始めた。

 しかし緊急事態宣言などの影響で移動が制限され、資金集めも難航。当初は砂や雪などの素材を押し固めていろいろな場所で大仏を造ることができる、鋳型のような「型(かた)大仏」を考えていたが「資金面で現実的ではなかった」。先の見えない状況に「精神的にかなり参ってしまった」と風間さんは振り返る。

 そんな時に前田さんが思いついたのが棚大仏だった。キャラバンで開催したイベントでは、参加者に高さ10㌢ほどのセメント製の仏像を作り、好きな色に塗ったりメッセージを書いてもらったりするワークショップを開催し、300体ほどが集まっていた。

 「百貨店のアート展でそれを展示するために2㍍ほどの大仏形の棚を作った。それを見て『これを大きくすればいいんちゃうか』と」。合板を鉄製金具で固定する構造のため解体すれば移動可能で、資金面もクリアできた。さらにワークショップを重ねてミニ大仏も1000体まで増え、23年に完成。同年2月に風間さんの地元、札幌市でお披露目イベントを開催した。風間さんは「僕たちだけではなく、多くの人の力を借りて造ったことが視覚化できた」と喜ぶ。

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 その大仏は、戦国武将・毛利元就の菩提(ぼだい)寺として知られる山口市の臨済宗建仁寺派・洞春(とうしゅん)寺に安置されることになった。安住の地を探していた2人が、知人を通じて知り合った深野宗泉(そうせん)住職に打診したところ、快諾してもらった。「もともと2人の挑戦を知り趣旨に共感していた。選んでもらえてうれしかった」と深野さん。8月末から9月初旬にかけ、寺の檀家(だんか)やボランティアの手も借りて屋外の一角に大仏を「造立」した。「今後も、全国のいろいろな方の思いが込められた大仏様を大切におまつりしていきたい」と深野さんは話す。

 大仏は雨ざらしだが、2人は気にしていない。「簡単に手に入る材料で直すことができる。みんなにとって大切なものなのであれば長く残っていくだろうし、関心がなくなれば朽ちていく。それでいいと思う」と前田さんは語る。

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 ひな型となった2㍍の棚大仏も10月中旬に安置場所が決まった。以前から2人の取り組みに注目していたという浄土宗・安養寺(奈良県田原本町)の松島靖朗(せいろう)住職から希望があり、「大仏のある奈良の地に置いてもらえるのはうれしい」と奉納を決めた。

 松島住職は、困難な状況にあるひとり親家庭にお寺のお供えを「おさがり」として届ける活動をする認定NPO法人「おてらおやつクラブ」の代表理事を務め、寺には多くの人が訪れる。「棚にどんなものを置くかによって、参拝者にいろいろな仏教のメッセージを伝えられそう」と期待する。

 コロナ禍は収束したが、並べられたミニ大仏にはそのさなかに参加者が託した祈りの言葉が刻まれている。「何かに悩んだ時などにそんな言葉を目にすると、すっと心に染みこんでくることがある。誰かが大仏に託した思いが別の誰かにとっての答えになる。そんな存在になっていけばうれしい」と前田さんは笑顔を見せた。

奉納された大仏のひな型を前に笑顔を見せる(左から)風間天心さん、前田真治さん、安養寺の松島靖朗住職=奈良県田原本町で、花澤茂人撮影

2024年12月9日 毎日新聞・東京夕刊 掲載

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