蓼原古墳で出土した身分の高い男性の人物埴輪。下げ美豆良という髪形をし、椅子に座って琴を弾いている=横須賀市自然・人文博物館で高島博之撮影

 原始から古代の人々のファッションはどのようなものだったのか。金やヒスイ、ガラスを使った装飾品は見つかるが、衣服が残っていることはまれで、髪形なども分からないことが多い。

 日本列島に人類が到来した旧石器時代は寒冷で、動物の毛皮を着ていたかもしれない。毛皮をなめす石器が出土している。縄文時代の衣服も見つかっていないが、約1万年前の遺跡で大麻製の縄が出土しており、繊維の利用が確認できる。弥生時代の日本列島の風俗などを記した中国の歴史書『魏志倭人伝』には、桑の栽培と蚕の飼育が行われ、絹織物を生産していたことが書かれている。

 この後の古墳時代は、ファッションに関する情報量が一気に増える。人物埴輪(はにわ)を観察することで、視覚的に知ることができるためだ。

 さまざまな人物埴輪を見ようと、神奈川県横須賀市自然・人文博物館の企画展「あつまれ‼かながわのはにわ」(8日終了)を見学し、塚田良道・大正大教授の記念講演「埴輪からみた古墳時代の衣服」も聴講してきた。企画展には同県内で出土した約100点の埴輪が並び、人物埴輪も多数あった。

 改めて気が付いたことがある。人物埴輪の造形は写実的ではないのだ。手や足が省略されたり、衣服が表現されていなかったりする。塚田教授によると、そうした表現がしっかりした埴輪は高貴な人物だという。

 展示品で最も高貴に感じたのは、横須賀市の蓼原古墳の埴輪だった。

 とがった帽子をかぶり、下げ美豆良(みずら)という髪形をしていた。美豆良は髪を左右に振り分け、耳の辺りで結ぶもの。後の時代にも男性の髪形として残った。おさげ髪のように両耳の前に垂らしたものは下げ美豆良といい、身分の高い男性の特徴だ。

 首飾りをし、丈の長い上着とズボンを身に着け、腰に三角形の文様がある帯を巻いている。ズボンのすねの辺りには、動きやすくするための足結(あゆい)というひもを巻いていた。足結には複数の突起があり、鈴を表現しているという。目をこらすと赤い靴をはいていた。

 この埴輪の一番の特徴は、椅子に腰掛けて琴を弾いていることだ。琴を弾く埴輪は各地で見つかっているが、身分の高い男性が多い。琴の演奏は上流階級のたしなみだったのだろうか。

 これらの特徴から塚田教授は、蓼原古墳に葬られた男性豪族を表現した埴輪と考えている。

 塚田教授は、三角形の文様が連続する帯に注目した。同じ文様は、古墳の石室の壁画に描かれることがあり「死者の文様」の可能性を解説した。

 蓼原古墳では、もう一体だけ、同じ文様の帯をした女性の埴輪が見つかっている。この文様は、他の古墳でも限られた埴輪にのみ施されており、塚田教授は「古墳に葬られた人を表現した埴輪に付けられた可能性がある。(蓼原古墳の二つの埴輪は)夫婦かは分からないが、被葬者の一組の男女ではないか」と推測し、「実際に着ていた服には、この文様はなかった可能性がある」と指摘した。

 企画展で女性の特徴が分かりやすかったのは、厚木市の登山(どうやま)1号墳の埴輪だった。女性かを見分ける一番のポイントは胸の表現で、次は独特の髪形だという。髪を頭の上で結び、前後に折り返して束ねるものだ。江戸時代の女性が結った島田髷(しまだまげ)に似ているという。

登山1号墳で出土した女性の人物埴輪。髪を結って、首飾りをしている=横須賀市自然・人文博物館で高島博之撮影

 基本的に人物埴輪の衣服は、男女とも上下が分かれている。ただし、上半身のみ表現した埴輪も多い。女性の場合、一枚の布を片方の肩の上で結び、斜めがけにした服もある。

 企画展には見た目が面白い人物埴輪もあった。イヤリングをしてふんどし一本の埴輪や、人と盾が一体化したものも。埴輪は各地の博物館で展示されており、足を運んで奥深さを感じてもらいたい。

2026年3月17日 毎日新聞・東京朝刊 掲載

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