素紙を二つ折りにして紐(ひも)で綴(つづ)った綴葉装(てっちょうそう)の冊子本で『古今和歌集』を2帖(じょう)にすべて書写したものである。この図版は巻第7・賀歌の冒頭部分である。筆者は、平安時代末期から鎌倉時代初期にかけて活躍した歌人で歌学者としても知られる藤原俊成(1114~1204年)と伝えられている。
彼は一生のうちに書風を大きく変貌させた人物として知られる。若いころの筆跡としては「顕広切(あきひろぎれ)」があり、実に穏やかな書風でゆったりと筆を運んで、丸みを帯びた字形で書写されているのが大きな特徴である。その後の彼の筆跡は、同じ『古今和歌集』を書写した「御家切」があるが、大きな変化はそれほど見られない。ところが、その後は年を重ねるごとに、シャープな切れ味の鋭い筆致へと大きく変貌していく。
昭和になって分割されたことから名付けられた「昭和切」や「了佐切」(いずれも『古今和歌集』)、そして撰者(せんじゃ)自筆本として名高い『千載和歌集』を書写した「日野切」などでは、雰囲気は一変する。強靱(きょうじん)な筆力で切れ味も鋭くなった書風へと変貌を遂げ、奇異と思えるほどである。若いころの書風しか知らない人には、異筆にも思える。平安時代末期から鎌倉時代初期にかけては、天皇を中心とする宮廷社会から武家政権への権力の移行があり、公卿(くぎょう)の世界での大きな政争もあり、中流公卿である俊成にとっても身の処し方が難しかったことが想定される。しかしながら、俊成の強い個性と和歌に対する自負の念が、より直線的な筆線へと姿を変え、独特の書風を確立したものであろう。
さて、この本であるが、俊成自筆の「わ」や「の」の字などが近似するが同筆ではない。とすれば、俊成自筆本から書風までまねて転写したのであろうか。ただ、書風までそっくりに転写しようとすると、逆に筆の流れが不自然となる場合がある。この作品は、個性的な書風であるが、行間や字間、天地の余白が自然である。ことに隣の行との文字の響きを見ると、自然に書き下ろしたように見える。
俊成の書風は、彼を師と仰ぐ人物や子女が俊成自筆本から歌学を学んだり、写本をしたりするうちに自然と受け継がれていった。これとは別に、あえてこれを模倣する場合がある。これは、その書風の自然さから考えて前者であろう。こうした歌集の写本の中に、バランスの良さ、墨継ぎによる潤渇、字間や行間の処理など、一見しての美しさがある。読む前にそれを感じてほしい。それが鑑賞の秘訣(ひけつ)でもある。
その上で、知識としての俊成の書風に似ていること、写本の形態として、定家本からの転写であること、それに時代感などが分かれば一段と鑑賞は進む。その後に、「わがきみはちよにやちよにさゝれ石の/いはほとなりてこけのむすまで」と読み進めながら、筆の流れや上下の文字、たとえば「は」の懐に「ち」の頭が入るなどによって粗密に工夫があることなどの変化の妙を実感すると、さらに鑑賞のレベルが上がる。
2026年3月17日 毎日新聞・東京朝刊 掲載