交通の要衝である山口県下関市は、明治後期から大正期にかけて海運や貿易で栄えた。その隆盛を今に伝える洋風建築が数多く残っている。その一つが旧秋田商会ビルだ。
総合商社の社屋として、1915年に建てられた。塔屋は円筒形に隅切りした頂上に、ドーム形の屋根を施しており、ひときわ目を引く。かつては塔の上部に明かりをともし、自社の船舶が帰港する際の目印にしていたという。
設計は技術者の西澤忠三郎らが担当した。西澤は中国・旅順にあった関東都督府の営繕課技手などを務めた。また随所に大陸由来の技術が取り入れられ、鉄筋コンクリート造りの事務所としては、国内では先駆け的な存在だ。
1階は洋風の事務所で、2、3階は書院造りの居室や接客用の大広間を備える。和洋折衷も魅力の一つだ。屋上には瓦ぶきの離れがあり、和風庭園が広がる。屋上に和風庭園が作られるのは当時はかなり珍しかったようだ。庭園で宴会を楽しむためか、料理や荷物を運ぶ手動の小型エレベーターが設置されるなど、独創的なアイデアに富む。


2025年11月9日 毎日新聞・日曜くらぶ 掲載