「花器」1902~03年ごろ、ボヘミア・レッツ工房 表面の金属のようなつややかな光沢は、ラスター彩の技法による。銀化した古代ガラスの輝きを表現した。デザインは20世紀初頭のアールヌーボー様式。当時オーストリアだったボヘミア(現チェコ)「レッツ工房」は、芸術家やデザイナーとの協働で200を超すバリエーションを生んだ=著作・毎日

 ◇箱根ガラスの森美術館で18日から

 特別企画展「軌跡のきらめき~神秘の光彩、ガラスと貝細工~」を18日から、神奈川県箱根町の箱根ガラスの森美術館で開催する。自然が作り出す色彩と輝きは、いつの時代でも人々を魅了する。職人らはそれを表現するために、さまざまな技法を編み出した。古代ガラスの輝きを人工的に再現したラスター彩や、宝石の色彩を表現した数々のベネチアン・グラス。一方、奈良時代に日本に伝来した螺鈿(らでん)細工は、貝殻が放つ自然のきらめきを取り込んだ工芸だ。時空を超えた二つが織りなす光彩の軌跡に迫る。

 ◇ローマ帝国に思いをはせ

 今も残る古代ローマのガラス器の一部は、虹色に輝くことで知られる。だが、最初からこのように作られていたのではない。土の中で2000年近く眠っていた間に、「銀化」と呼ばれる化学現象が起きた。仕組みはこうだ。地下水の染みこみによる浸食でガラスのアルカリ成分が抜け落ち、表面の剝離で複数の層ができる。そこに反射した光が互いに干渉し合うことで、きらめきを放つ。これを「構造色」と呼ぶ。

長頸ちょうけい香油瓶」1~3世紀、東地中海沿岸域 帝政ローマ全盛期の地中海世界で使われたガラス器。ローマ帝国で開発された「吹きガラス」の技法はガラス器の大量生産を可能にした。表面の虹色の輝きは「銀化」による=著作・毎日

 古代ガラスに欧州の人々の注目が集まったのは18世紀後半で、そこにはイタリア・ポンペイ遺跡の発見に代表される考古学ブームがあった。国家統一に向けて動き始めていた当時のイタリアでは、ナショナリズムの広がりとともに、発掘されたガラスの輝きをローマ帝国の栄光と重ねる意識が高まりを見せた。

 「古代への憧れ」はガラス工芸の世界にも浸透する。銀化から着想を得て、その輝きを人工的に表現したのがラスター彩のガラスだ。虹のようなきらめきから「イリデセンス(虹色)・グラス」とも呼ばれた。

 硝酸や王水で溶かした金属をガラス素地に吹き付けて焼く。表面に焼き付けた薄い金属皮膜とガラス素地の層に光が反射し干渉し合うことで、多彩な光沢を放つのだ。銀化の輝きと同じメカニズムであることが分かる。

 資本主義文化が花開いた20世紀幕開け前後、ベル・エポック期と呼ばれる時代に開催された万国博覧会では、新奇デザインをまとったラスター彩ガラスが続々と登場した。米国のティファニーやスチューベン・グラス、ボヘミア(現チェコ)のヨハン・レッツ・ビットベなどのガラス工房は、アールヌーボーやアールデコ様式のラスター彩ガラスを発表し、時代の主役ブルジョアジーを魅了した。

 ◇ベネチアの技、宝石の彩り

 海洋国家・ベネチア共和国のガラス産業が絶頂を迎えたのは15世紀半ばだ。ルネサンス期の王侯貴族らは貴石の収集に熱を上げ、ベネチアの工房では、その色彩と輝きをガラスで表現しようとする職人たちがしのぎを削った。

 バロビエール家。ベネチアのガラス職人として最も有名になる一族の名が登場するのもこの頃だ。

 アンジェロ・バロビエール(1400~60年)は、精錬でガラスの原材料に含まれる金属成分が影響する発色を消すことに成功する。「クリスタッロ」と呼ばれる無色透明の水晶のようなガラスが誕生した。今もガラス産業の「革命」として語られる画期的な事績だ。

 彼の工房は、赤、青、緑、紫などの色ガラスのほか、めのうや玉髄模様を表現したマーブル・グラスも生み出した。ベネチアン・グラスの色彩表現は3万色にのぼるといわれている。

 17世紀には、ガラスに含まれるリン酸化合物などによる光の屈折で色合いが幻想的に変化する「オパールセント・グラス」や、銅の結晶がガラス内できらめく「アベンチュリン・グラス」を生み出す。

「花装飾脚オパールセント・グラス・ゴブレット」1880年ごろ、ベネチア・サルビアーティ工房 高さ40㌢に及ぶ鑑賞用の器。宝石オパールは二酸化ケイ素の層に光が反射することによって色を変えるが、17世紀末ごろに開発されたオパールセント・グラスは、ガラス中のリン酸化合物などが光を屈折させることで幻想的な色調を作り出す。天然石では表現できない造形が貴族やブルジョアの心をつかんだ=著作・毎日
「アベンチュリン・マーブル・グラス碗(わん)」17世紀、ベネチア 15世紀後半、ベネチアのガラス職人は銀の酸化物など複数の金属化合物を混ぜ合わせることで、めのう、大理石などの天然石のような模様を作り出した。表面のきらめく斑点は、17世紀に開発されたアベンチュリン・グラスによる表現=著作・毎日
「ドルフィン形脚赤色コンポート」19世紀、ベネチア 金を微粒子状にガラスに分散させる高度な技術で、宝石ルビーのような赤色を表現した。金を用いることで赤色のガラスを作る技法については、古代ローマ時代から試行錯誤が続いた=著作・毎日

 この頃になると東西交易の舞台は大西洋-インド洋に移り、主役の座を奪われたベネチアの衰退が始まるのだが、新たな装飾をまとったガラス産業は欧州市場に活路を見いだす。

 ◇螺鈿 桃山文化の息づかい

 螺鈿は、貝を使った装飾を意味する言葉だ。工芸の世界では、貝殻の内側で光沢を放つ「真珠層」と呼ばれる部位をはぎ取って、器などの木地や漆面に貼り付ける加飾技法を指す。

 「生き物のきらめきを用いた工芸」(根本耕太郎・箱根ガラスの森美術館学芸員)だ。

 真珠層は貝が分泌する炭酸カルシウムなどで構成されており、この層に光が反射、干渉し合うことで、虹色のきらめきが生まれる。古代ガラスの銀化と似た仕組みなのが分かる。大変貴重な部位で、実際に200㌘のアワビの貝殻から螺鈿細工に使えるのは0・1㌘ほどだという。

 古代中国の殷(紀元前16世紀ごろ~同11世紀)、周(同11~同3世紀)の時代には既に存在し、日本には奈良時代に唐(7~10世紀)より伝来した。当時の工芸品の一部は奈良・正倉院に収蔵されている。

 日本の螺鈿細工が西洋の注目を集めたのは16世紀後半の戦国時代以降だ。西国大名による欧州との貿易が始まり、洋風模様の螺鈿を施した「南蛮漆器」の生産と輸出が行われた。欧州貿易商の要望を形にし、豊臣政権下の桃山時代に絶頂を迎える。輸出先のスペインでは、今も修道院などの貴重な文物として保存されている。

「螺鈿細工蒔絵洋櫃まきえようひつ」桃山時代(16世紀末)、日本 「南蛮貿易」で日本から最も多くスペイン、ポルトガルに輸出された。金や銀の粉を用いた蒔絵や、螺鈿が施され、鳥やシカ、キキョウのような植物が描かれている=著作・毎日

 ◇過去から学び 新たな境地

 今回は、漆芸の現代アーティスト橋本千毅ちたかさんの作品を展観する。螺鈿や蒔絵まきえ表現によって、繊細な色彩ときらめきの世界を演出する。

 1972年生まれ、東京都多摩市出身。95年、筑波大芸術専門学群卒。文化財漆器の修復を経験し、富山大助手を経て2006年に漆芸家として独立した。富山市に工房を構える。

 過去の工芸作品を観察、研究し、その制作方法を推測。そこから仮説を立て、作り上げる。

 橋本さんは自らの実践を「実験考古学のようなものでしょうか」と述べている。

 分業で行うことが多い漆工芸を全て1人で手がけている。下地、蒔絵、螺鈿表現、それらに使用する道具の製作や螺鈿に用いる貝の製材……。色調ごとに分類された微細な貝片をモザイクのように敷きつめていく。制作にかける膨大な時間と労力を通じて、新たな境地を切り開く。

花蝶かちょう螺鈿蒔絵箱」チョウの羽は蒔絵。ふたの周囲の花々は螺鈿で表現=著作・毎日
「螺鈿平文香合」仏画に見られる曼荼羅まんだらやイスラムの幾何学模様を思わせるデザイン=著作・毎日

INFORMATION

特別企画展「軌跡のきらめき~神秘の光彩、ガラスと貝細工~」

<会期>  7月18日(金)~2026年1月12日(月・祝)。午前10時~午後5時半(入館は同5時まで)。会期中無休
<会場>  箱根ガラスの森美術館(神奈川県箱根町仙石原)
<入館料> 一般1800円、高校・大学生1300円、小・中学生600円
 
主催   箱根ガラスの森美術館、毎日新聞社
後援   箱根町
協力   箱根DMO(一般財団法人箱根町観光協会)、小田急グループ
特別協力 神奈川県立歴史博物館、同県立生命の星・地球博物館、町田市立博物館(東京都)、早稲田大学会津八一記念博物館、高砂香料工業、金子皓彦(国学院大客員教授)、橋本千毅(漆芸家)






2025年7月12日 毎日新聞・東京朝刊 掲載

シェアする