ダミアン・ハースト《神聖な日の桜》 2018年、油彩・カンバス、2連画、各305×244センチ、カルティエ現代美術財団コレクション、Photographed by Prudence Cuming Associates LtdⒸDamien Hirst and Science Ltd.All rights reserved, DACS 2022

【アートの扉】
ダミアン・ハースト 神聖な日の桜
描く喜び満開

文:平林由梨(毎日新聞記者)

現代美術

 ダミアン・ハーストと聞くとサメやヒツジのホルマリン漬けを思い浮かべる人が多いだろう。1990年代の英国アートシーンを最も印象づけた衝撃的なコンセプチュアルアートだった。錠剤をイメージしたというカラフルな点を並べた「スポット・ペインティング」や、薬の空箱を並べたインスタレーション「薬品キャビネット」でも知られる。通底するテーマは「死」だ。

 そんなハーストが今回は満開の桜を描いた。大きいもので縦5㍍、横7㍍。107点からなる「桜」シリーズから本人が24点を選んで展示している。画面に焦点はなく、いっぱいに色が広がる。大樹の包容力を感じさせるものや、かれんなもの、幻想的なもの、作品の表情はそれぞれ違うがどれも本物の桜の木の下に立ったような没入感が味わえる。近づくと一つ一つの点が盛り上がっているのが見える。会場ではハーストがバケツに入った油絵の具を柄の長い筆にすくい取って、立てたカンバスに向けてひゅっと飛ばす映像が流れていた。

 「5歳のとき、母が油絵で桜を描いていたんだ」。映像の中ではそうも語っていた。この記憶が「抽象画と具象画をつなぎたい」という今回の挑戦を後押ししたそうだ。ずっと画家になりたかったが何を描いてよいか分からなかったという若い頃の苦い思いも明かしていた。

 図録に記された作者の言葉によると、これらの桜についても「死」はテーマの一つだという。とはいえ、見る人は大画面を覆う筆の痕跡から作家の描きたいものを描く喜びや、次々と手が動くそのエネルギーにまずは圧倒されるに違いない。

PROFILE:

Damien Hirst

1965年、英ブリストル生まれ。89年、ロンドン大ゴールドスミス校卒。90年代には「ヤング・ブリティッシュ・アーティスト」の一人として同国のアートシーンを席巻。

INFORMATION

ダミアン・ハースト 桜

5月23日まで、東京都港区六本木7の22の2の国立新美術館(ハローダイヤル050・5541・8600)。国内では初の大規模個展。火曜(5月3日は除く)休館。

2022年4月4日 毎日新聞・東京夕刊 掲載

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