指物(さしもの)で知られる渡辺晃男が昨年、木工芸で重要無形文化財保持者(人間国宝)に認定された。東京都多摩市在住者としては初の認定であり、地元のパルテノン多摩で4月にその記念展が開催される(23~29日)。
陶芸や染織、漆芸領域などの人間国宝は、この制度が創設された翌1955年からこれまでに数十人の作家が認定されてきたが、木工芸では今回の渡辺が12人目。木工芸は最初の認定が黒田辰秋、氷見晃堂の70年という遅いスタートであった。理由の一つに木工芸が漆芸の陰に隠れがちであったこともあろう。蒔絵(まきえ)などの華やかな加飾で見せる漆芸作品を、かつては木工家の手による木地が支えるケースが多く、木工家が下職的に見られる空気もあったようだ。黒田辰秋も漆関係の家に生まれ乾漆なども手掛けたが、素地も自分で制作したいと考え、剛健な木の表現に取り組み、木工芸の人間国宝となった。
木工家も拭き漆で仕上げるなど漆も使用するが、表現の根幹は木で形を作ることにある。多くの人間国宝を輩出してきた日本工芸会で木工芸が「木竹工」部門に属すのも、木工と竹工は何よりもボディーの造形であり、形の表現だからである。漆芸は最終的に漆や装飾でボディーを覆い隠すが、木工芸は木胎(もくたい)そのものをほぼ全面に出す。形を形成する素材そのものに既に杢目(もくめ)という模様が含まれるという意味で、木工は形と模様がほぼ同時にできていく表現でもある。
渡辺晃男は従来の木工にない新たな形に挑んできた。例えばある作品では、やや扁平(へんぺい)で高さのある箱の上部の面をアーチ形とした。別の作品<神代欅華文嵌荘箱(じんだいけやきかもんがんそうばこ)「望西(ぼうせい)」>では箱の四つの側面上部をやや曲線的に広げ、蓋(ふた)も立体的に柔らかく面取りし、モダンで軽やかな形としている。いずれも、箱は平らな面で構成するものという木工の常識を覆し、特に後者の作品では通常見せない指物の板の小口を僅かに覗(のぞ)かせている。いわば木工のタブーさえも独自の美しさに変換することで表現を成立させてきたのである。
ただし木工家として形で勝負するには、使用する木材を最大限に活(い)かすことが前提である。木の種類だけでなく、この杢目をこの形のこの面にという、全体の形状と木の色や杢目との最善の効果に配慮するのである。
更に象嵌(ぞうがん)模様についても個々の作品の形や杢目との関係を重視する。かつては象嵌そのものを木工芸には不要と見做(みな)す空気もあったが、渡辺は象嵌模様も含めた独自の意匠を考案し、金属線や鼈甲(べっこう)、本体とは異なる種類の木などの象嵌素材を作品ごとに準備する。ただし「(本体の)木が8割、自分は2割」という師の教えを忘れることはない。長い年月を生きてきた木に敬意を抱き、木への感謝を込めて、作品という新たな姿で蘇(よみがえ)らせるべく制作している。木は少しでも削り過ぎれば元に戻せないため、紙の模型や精緻な図面も必須である。
渡辺晃男のアイデア、技術、素材が絶妙な相乗効果を示す新鮮な木工表現はこのようにして生まれる。あくまでも木という素材と共同で創造する日本の木工家の姿勢がそこにある。
2026年3月9日 毎日新聞・東京朝刊 掲載