イリヤ・イェラシェビッチさん=田中洋之撮影

 強権的な独裁政権が続く母国の自由と民主化を求めて「プロテスト(抵抗)アート」を手がける在日ベラルーシ人の画家がいる。東京芸術大大学院に在籍するイリヤ・イェラシェビッチさん(33)だ。

 千葉県松戸市の自宅アトリエで「Crucifixion」(磔(はりつけ))と題した日本画の作品を見せてくれた。2020年のベラルーシ大統領選で「ルカシェンコ氏の勝利は不正だ」と抗議する市民の大規模デモが徹底弾圧されたことをモチーフに、男性が警察に拘束される瞬間を描いたものだ。木製パネルの全面に貼った金箔(きんぱく)の上に黒の顔料を塗り、闇(権力・悪)に捕らえられた光(市民・善)を巧みに表現した。このほか裸のルカシェンコ氏を鉛筆でイラストにした「裸の王様」シリーズもある。22年にベラルーシの同盟国ロシアが始めたウクライナ侵攻では、東京外国語大で開かれた反戦を訴える特別企画展に出品した。

 「多くの芸術は何らかの形で政治的だと考えています。芸術は制作された時代の社会状況や社会の一部である作家自身を反映するものだからです。プロテストアートはこの考えを最も純粋な形で示す表現だと思います」

 ベラルーシ西部のシチュチン生まれ。小さい頃から絵が好きで、首都ミンスクの技術系大学在学中に美術の道に進むことを決意し、チェコや台湾、韓国の大学に留学。台湾で日本画と出合い、特に下村観山と松井冬子の作品に「大きな衝撃」を受けたことから日本画を学ぼうと19年に来日し東京芸大に入った。「日本画の持つ儀式性や素材との向き合い方にひかれています。日本画は長い歴史に根ざした土台があるからこそ、新しい表現や実験の可能性を持っています」。大学院の修士課程を経て、現在は国際芸術創造研究科でアートプロデュースを専攻する。

 ベラルーシの状況はその後落ち着いたように見えるが、「依然として自由はなく、多くの人々が政治的立場を理由に投獄されています。現状は国民にとって非常に厳しいと感じています」。東京・渋谷の街頭でベラルーシの政治犯に対する拷問を表現した過激な反政権パフォーマンスをしたことなどで当局の〝ブラックリスト〟に入り、帰国すると拘束される恐れがあるという。このため母国にいる両親とはタイで面会するなど不自由を強いられている。

 それでも絶望はしていない。「ルカシェンコが政治の中枢からいなくならない限り大きな変化は起こらないのでは。しかし、その日は必ず来ると信じています。そしてベラルーシはより明るい未来に近付くでしょう」

 作品「Crucifixion」も、闇の内部に可視化されていない光=変化の可能性が内在しているという希望を込めた。「強いコンセプトで、言葉では届かない場所や人の心に直接訴えかけることができる。そんなところにプロテストアートの意義があると考えます」

2026年1月12日 毎日新聞・東京朝刊 掲載

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