松本竣介「りんご」44年個人(板橋区立美術館寄託)=提供写真

 戦時下の美術といえば、軍主導でプロパガンダの役割を果たした「作戦記録画」が思い浮かぶ。だが、戦争の時代を伝える美術はそれだけではない。東京・板橋区立美術館で開催中の「戦後80年戦争と子どもたち」展には、銃後の子どもたちを主題にした約70人の作家による絵画や彫刻、関連資料が並ぶ。

 例えば浜松小源太の「世紀の系図」(1938年)。引きちぎれた日の丸の下、顔のない軍服に抱かれて眠る乳児の姿がシュールレアリスムの手法で描かれ、不穏な空気に包まれている。教師だった浜松は3年後、「遺児すこやか」(41年)を発表。背景に富士山を置き、日の丸を手に刀を携えた幼子がこちらを見つめる。国威発揚にふさわしいモチーフをちりばめながら、子どもの目はどこかうつろで、画家のやりきれない思いを映し出すかのようだ。

 本展が取り上げるのは日中戦争が始まった37年から敗戦後の49年まで。駅で見送られる従軍看護師が、別れを惜しむように我が子に授乳する姿を描いた油彩画など、女性が登場する作品も多い。勇ましい戦争画とは異なる、市民目線の戦争画がここにはある。

 死の影が忍び寄る状況で、子どもは明日を生きる希望、自由の象徴でもあったのだろう。子どもが赤いリンゴを手にほほえむ「りんご」(44年)や、39年生まれの次男の鉛筆画を基にした「せみ」(48年)など松本竣介による一連の作品はそのことを強く感じさせる。松本は戦時下、自身のアトリエの床に腹ばいになって描く次男の絵を大切に保管していたそうだ。閉塞(へいそく)する時代に、何にもとらわれない子どもの伸びやかな線は画家の心を大いに励ましたに違いない。

 会場では当時の教科書や紙芝居、38年の児童画コンクール「日独伊親善図画」の出品作も紹介されている。描かれる対象としてだけではなく、戦争の時代を生きた主体として子どもを捉える視点が、本展に奥行きをもたらしている。来年1月12日まで。

浜松小源太の「世紀の系図」(1938年、左)などが並ぶ会場=清水有香撮影

2025年12月1日 毎日新聞・東京夕刊 掲載

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