「ラブレター」(2024年)=提供写真

 高さ約7㍍。2階から3階の吹き抜けの壁に、上半身裸で、やはり裸の赤ん坊を抱いた父親の姿が描かれている。父はこの絵画を描いた現代美術家のチェン・フェイさん。腕に抱かれた子どもは、チェンさんの娘である。

ワタリウム美術館2階の壁に描かれた「父と子」(2025年)=提供写真

 チェンさんは1983年、中国・山西省生まれ。現在は北京を拠点に活動する現代美術作家だ。日常生活に残る時間の断片を捉えて再構成し、写実的かつポップに描写する。

 チェンさんが「父と子」をテーマに制作するきっかけは、新型コロナウイルス禍の世界が「不寛容だと感じた」ことだ。個人の力があまりにも小さく見え、無力感を抱いた。現実に関わるモチーフを扱うことを空々しく感じていた折、娘が生まれ父となった。多くの時間やエネルギーを娘の成長に向けるようになり、命や生活そのものへの信頼が取り戻せた気がしたという。プロの画家として、私的なテーマで描いていいものか葛藤もあったが、娘を描きたいというのは沸々と内側からくる衝動であるということに行きついた。「彼女のすべてが、今の自分にとっての『新しいリアル』なのだと思います」

 ピンク色の背景に色とりどりの花と茶色っぽい模様が画面いっぱいにちりばめられた作品は「ラブレター」(2024年)。一見、壁紙や包装紙のような可愛らしさだが、よく見ると、茶色い模様に見えたのは何と娘のうんち。

 娘は早産で生まれたため、未熟児で体も弱かった。毎日、娘の便を観察するのがチェンさんの日課だったという。ある日、自分のスマートフォンの画像を見ると、娘の便の写真ばかりが並んでいた。「きょうはこういう状態なのと訴えかけているように感じました。一編の詩のように思え、どうしてもこれを作品として表現したいと思いました」

 うんちはまだ言葉を話せなかった娘からのラブレターであり、作品は娘への返信だ。

 このほか「ラブレター」の応答のように構成された「愛の言葉」(24年)など、22~25年に制作された15点とフィギュアを使ったインスタレーションなどが展示されている。「チェン・フェイ展 父と子」は東京・青山のワタリウム美術館で、10月5日まで。

2025年8月4日 毎日新聞・東京夕刊 掲載

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