戦後80年の今年はやはり戦争をテーマに掲げ、見つめ直す展覧会が多く開かれた。ただ歴史を振り返るのではなく、それぞれが独自の視点で、時代の空気をあぶり出そうとする試みが目を引いた。
東京国立近代美術館の「記録をひらく 記憶をつむぐ」は、作戦記録画を中心に、当時の雑誌や新聞などの資料も織り交ぜながら、時代の文脈を提示した。展覧会名に「戦争」の文字はない。チラシやポスターで声高に宣伝することもなく、カタログも、関係者向けの内覧会もない「特異」な展覧会だったが、戦時下に絵画が果たした役割をしっかりと見つめた。
「戦争と子どもたち」(東京・板橋区立美術館、来年1月12日まで)では、銃後の子どもたちを主題とした作品を展示。勇ましい戦争画ではなく、市民目線の「戦争のある暮らし」を描きだした。「記憶と物」(広島市現代美術館)は、国内外の5組6人の現代美術家が参加し、戦争や原爆の記憶と「物」との関係性をテーマに、記憶との向き合い方や伝え方を思索する試みとして見せた。
「芸術家が見た戦争のすがた」(長崎県美術館)は、同館が所蔵するゴヤの版画集「戦争の惨禍」全82点から始まり、原爆投下後の長崎市内の街の様子や負傷者を撮影した記録写真、彫刻家・青木野枝さんによる新作インスタレーションなど多彩なジャンルの作品で構成。被爆地の視点も盛り込みながら、戦争の実相を浮き彫りにした。
ストレートに戦争をとらえたのが、東京都写真美術館(写美)の「ヒロシマ1945」。市民や報道記者らが撮影した約160点の写真や映像で、原爆被害の実態を伝えた。愛知県で開催された国際芸術祭「あいち2025」は、戦争の惨禍と破壊を嘆いたシリアの詩人の詩から引用した「灰と薔薇(ばら)のあいまに」をテーマにした。開催にあたり、排他的言動や優生思想を許容しないとの声明を発表、ウクライナやパレスチナに思いを寄せた。

兵庫県立美術館で開催された藤田嗣治と国吉康雄の二人展は、ともに海外で名声を得て、戦争によって道を分けた2人の画業を対比した。軍の要請で作戦記録画を描いた藤田と、戦時中も米国にとどまり、反軍国主義の活動や制作を続けた国吉。その姿からは民主主義が揺らぐ現代社会を問い直すメッセージを受け取れる。
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開幕前から開催意義や建設費高騰などをめぐって、批判が絶えなかった大阪・関西万博は、始まってみれば、日ごと盛り上がりを見せた。背景にあったのは交流サイト(SNS)の存在だろう。訪れた人たちの投稿が共有、拡散されるにつれ、万博を肯定する空気が生まれた。会場デザインプロデューサーの藤本壮介が設計した1周約2㌔、高さ最大約20㍍の大屋根リングは「多様でありながら、ひとつ」という万博の理念を見事に表現。リング上からの景色は万博の風物詩となった。
東京・森美術館で開かれた藤本の個展は、万博の活況に呼応するように、20万人を超える人が訪れた。117のプロジェクトの模型をインスタレーションとして見せる手法が光った。
藤本展のほかにも、今年は建築展が目立った。山本理顕展(神奈川・横須賀美術館)は、模型や図面など約60点で、いかに地域社会とつながる建築をつくるかを追究してきた山本の設計思想をしっかりと伝えた。22年の没後初の大規模回顧展となった磯崎新展(水戸芸術館、1月25日まで)も「群島」をキーワードに、約60年の軌跡をたどり、その建築概念の検証を試みた。大阪の安藤忠雄展は、安藤の半世紀以上に及ぶ仕事の全貌を、8K映像を用いた没入型のインスタレーションなど、さまざまな工夫で見せた。
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今年は阪神大震災から30年の年でもあった。震災で被災し、現在の場所に移転した兵庫県美は「30年目のわたしたち」を開催。震災とのさまざまな距離を持つ6組7人の作家の展示を通し、30年後の今、ここにあることの意味を問うた。
神戸から能登半島地震へと思いを向けたのは「仮(葬)-kari(sou)」(兵庫・海外移住と文化の交流センター)。石川県珠洲(すず)市を拠点とするアートコレクティブ「仮()-karikakko-」が、地震後に公費解体された建物の廃材を使い、現地にある銭湯を「再現」。被災前後のまちの記憶や空気を届け、まちを弔った。SIDE CORE展(金沢21世紀美術館、3月15日まで)は、能登半島に通う中で生まれた新作などを展示。東京から東北、そして能登へとつながる「道」を示した。


美術館では、横浜美術館が2月にリニューアルし全館オープンした。約3億円で購入した「ブリロの箱」で話題となった鳥取県立美術館が3月に開館。5月には「アートの島」として知られる香川・直島に、直島新美術館も開館した。アジア地域の現代作家の作品を収集・展示する。東京都現代美術館、千葉市美術館、写美がそれぞれ開館30年を迎えた。
写美の「作家の現在」は、日本の写真史を彩る写真家5人の代表作と新作・近作を合わせて紹介。写真表現を拡張してきた5人による、進行形の実践に触れられる貴重な機会となっている。3万8000点超のコレクションを誇る同館の蓄積が生かされた好企画だ(1月25日まで)。
豊かな才能で美術界の振興を担ってきた作家たちが鬼籍に入った。「パン人間」のパフォーマンスで知られた現代美術家の折元立身、華やかな作風で、後進の育成にも力を注いだ洋画家の絹谷幸二、写真と見まごうような「スーパーリアリズム」の画家・上田薫、書籍の装丁やCDジャケットのデザインなどで知られる画家のMAYA MAXX、伝統的な白磁制作技法を極めた有田焼の陶芸家で人間国宝の井上萬二。彼らの貢献に敬意を表し、冥福を祈りたい。
2025年の展覧会3選
■笠原美智子(長野県立美術館館長)
①「ジャム・セッション石橋財団コレクション×山城知佳子×志賀理江子 漂着」(東京・アーティゾン美術館、来年1月12日まで開催中)
②「鷹野隆大 カスババ-この日常を生きのびるために-」(東京都写真美術館)
③「アート・オブ・ザ・リアル 時代を超える美術-若冲からウォーホル、リヒターへ-」(鳥取県立美術館)
①②は沖縄の声なき声を紡ぐ山城、東北の残酷な「復興」の現実を表す志賀、そしてあいまいな生と性を写す鷹野。今最も旬な日本の作家がわたしたちに問いかけた展覧会。③は美術館が「生きた」コレクションをいかに創るかという課題に応えた。
■加藤弘子(神奈川・平塚市美術館特別館長)
①「藤田嗣治×国吉康雄:二人のパラレル・キャリア-百年目の再会」(兵庫県立美術館)
②「井上有一の書と戦後グラフィックデザイン1970s−1980s」(東京・渋谷区立松濤美術館)
③「小林徳三郎」(東京ステーションギャラリー、来年1月18日まで開催中)
物故作家の個展・二人展として丁寧な調査・研究に基づき、作品の魅力やその影響力を多角的かつ詳細に紹介した展覧会。時代の動向に対峙(たいじ)し制作を続けた作家の創意と試行の痕跡を明らかにした企画者の熱意が感じられる。
■林洋子(兵庫県立美術館館長)
①「コレクションを中心とした特集 記録をひらく 記憶をつむぐ」(東京国立近代美術館)
②「民藝誕生100年 京都が紡いだ日常の美」(京都市京セラ美術館)
③国際芸術祭あいち2025「灰と薔薇のあいまに」
それぞれの美術館・組織自体の歴史、地域性や、企画者の思索と葛藤のあとをくみ取りうる企画を選んだ。「あいち」は地域と非欧米圏の作家をつなぐ手法で、国内でこの四半世紀展開してきた「芸術祭」の成熟を感じた。
2025年12月22日 毎日新聞・東京夕刊 掲載