
国立国際美術館は1977年、70年大阪万博で建てられた「万国博美術館」(大阪府吹田市)の建物を活用し、開館した。2004年に現在の中之島に移転したが、万博のレガシーを継ぐ施設ともいえる同館で、9カ国21作家による特別展「ノー・バウンダリーズ」が開かれている。同地で再び万博が始まるのにあわせた、多国籍の陣容--。といってもタイトルが示すとおり、「国別」の要素はない。むしろ国と国との境をはじめとするあらゆるバウンダリー(境)を見直し、捉え直そうとする多彩な表現が並ぶ。
会場入り口の正面に、本展を象徴するような油彩画「トルコ人女性たちのブラックベリー」(23年)が展示されている。ヒジャブを着けた女性2人の、何気ない日常を捉えた1枚。淡い色調や筆の運び、たっぷりとした余白が水墨画のような余韻を残す。
作者はエヴェリン・タオチェン・ワンさん(81年生まれ)。男性として生まれ、母国・中国で伝統的な書画を習得し、ドイツに渡って西洋絵画を学んだ。現在はオランダを拠点に、トランスジェンダーとして生きる。制作のテーマは植民地史やジェンダー問題で、一つの作品の中に東西の美術を調和させているのが特徴だ。
シンガポール出身でベルリン在住のミン・ウォンさん(71年生まれ)の映像作品「ライフ・オブ・イミテーション」(09年)は、人種と男女の間に横たわる境を複層的に問う。黒人差別を扱ったハリウッド映画「イミテーション・オブ・ライフ」(59年、邦題は「悲しみは空の彼方(かなた)に」)をシンガポールに置き換え、制作した。

中華系、マレー系、インド系の出演者が、映画では黒人の母とその娘、娘の同僚だった役にふんして登場する。演じる3人は男性で、左右対称の2画面で展開。ころころと配役を変えながら反復する映像は、見る者の先入観に揺さぶりをかける。
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ベトナム出身のヤン・ヴォーさん(75年生まれ)は、20年に同館で個展を開いた作家だ。ベトナム戦争を受け、4歳の時、父手製の木舟で出国。難民キャンプを経てデンマークに移住し、現在はベルリンやメキシコを拠点とする。おいの写真や父によるカリグラフィー、古い石像などで構成される作品では、個人と世界の歴史が等価に交わる。
個展時とは異なり、本展では作品を構成するミラーパネルに、ヤンさんに強い影響を与えたフェリックス・ゴンザレス=トレスの「無題」(ラスト・ライト、93年)が映り込む。同じ空間には、クリスチャン・ボルタンスキーの「モニュメント」(85年)も。薄暗い部屋にともる明かりは生と死の境を示すようでいて、その境がない世界を表しているようでもある。

自己と他者の境をユニークなテーマで浮き彫りにするのが、田中功起さん(75年生まれ)の映像作品「だれかのゴミはだれかの宝物」(11年)だ。田中さんは米国滞在中、「中古品」を売るフリーマーケットにヤシの落ち葉を出品。代わる代わるやってくる客の中には、不審がる人もいれば面白がる人もおり、自身の解釈を披露する人もいる。最後は落ち葉を売り物と認めない主催者に立ち退きを命じられ、田中さんはトラックで撤収する。並んで展示されるのは、三島喜美代の陶作品だ。
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本展は同館が近年収集したコレクションで構成されている。地域なら国内と欧米の作家、性別なら男性作家に偏ってきた各館の収集方針は近年、是正の流れにあり、同館でも多様な地域やジェンダーに留意した収集にかじを切った。自館のコレクション展示に力を入れるのも、このところの傾向といえる。担当した植松由佳・学芸課長は「特別展や企画展にたくさんのお客様が来られるのは日本の美術館のいいところでもあるが、コレクションをさまざまなテーマ設定で工夫しながら見てもらう重要性がある」と話す。
同時開催中のコレクション展「Undo,Redo わたしは解(ほど)く、やり直す」も、ここ数年で収蔵した作品を要所要所に配し、美術史の編み直しを映す内容になっている。冒頭に展示されるのは、ルイーズ・ブルジョワら3人の女性作家による立体作品。ジェンダーなどのバランスが考慮された多様な表現はもちろん、過去には「女性のもの」として周縁化されてきた「縫う」ことの創造性にも光を当てる。両展とも6月1日まで。

2025年3月24日 毎日新聞・東京夕刊 掲載