多種多様な自然や生物が互いに影響を及ぼし合う生態系のように、関わり合いながら変化することを楽しむような展示だった。美術家・毛利悠子さんが参加した、石橋財団コレクションと現代作家が共演する「ジャム・セッション」の5回目「ピュシスについて」展が、東京・京橋のアーティゾン美術館で開かれている。今年ベネチア・ビエンナーレ日本館の代表を務めた毛利さんの、国内初の大規模個展だ。
しつらえたスロープを上がると、視界が開ける。金網でできた階段に腰掛ければ、大きな展示空間のそこここで起きる「できごと」を眺めることができる。
旧新作合わせて7プロジェクト、加えてコレクションから10点を展示した。空間の用い方について毛利さんは、これまで作ってきた作品をさまざまな「波」に例えつつ、「大きな海のなかに、いろんな流れや波動があるということを想像しました」と話す。タイトルのピュシスは、自然の動きに本性を見いだすという、初期ギリシャ哲学の概念だという。
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毛利さんは1980年生まれ。日用品や楽器などを組み合わせ、光や重力、磁力など目に見えない力を感知させる、動的なインスタレーションを制作してきた。同じプロジェクトでも展示の環境や状況に合わせて変化するのも特徴だ。
制作にあたっては、作家たちの身体の動きや思考を追体験することで、応答しようとした。例えば、収蔵庫で絵の具の盛り具合を見たり、作品の裏側を見たり、制作地に行ったり。
展示室でまず目に飛び込むのは、海辺の風景が映る大画面や自動演奏ピアノから成る「Piano Solo: Belle−Ile」。^クロード・モネが仏ブルターニュ半島の南にある島ベリールを描いた「雨のベリール」(1886年)を起点に制作した作品で、海の映像は、毛利さんがこの島に実際に足を運び、撮影したものだ。ピアノの鍵盤は打ち寄せる波音に連動し、激しく、時に穏やかに音を刻む。実際に立ったその場所は、崖っぷちのひどく足元が悪い場所で、モネがスケッチした体勢まで想像できた。
「めくる装置、3つのヴェール」も、マルセル・デュシャンの「彼女の独身者たちによって裸にされた花嫁、さえも」(通称「大ガラス」、1915~23年)に着想を得たものだ。「めくる~」の「花嫁」の部分に目を移すと、通電した扇風機が四角いベールを揺らし、スキャンされたベールが静止画としてモニターに浮かぶ。そもそも、デュシャンがモチーフにした写真作品に映る「ガーゼ」を繊維街で探し求めたところ、実は、同様の素材が花嫁のベール用だった。こうした「発見」を積み重ねながら、さまざまな作品に揺さぶりをかけていった。
展示室入り口にあるのは、ベネチアにも出品した「Decomposition」。果物の水分量の変化を電気に変換し、音を鳴らしたり明かりをつけたりする作品だが、何度か展示するうちに当初は想定していなかった事態に直面した。「(腐る過程で果物は)どんどん匂いを発して、虫も出てくる。ケースに水滴もつく。それがまさに自分がやりたいことだ、と気づいたんです」。そう目を輝かせる。
不確定要素にわくわくし、知らなかったこととの出合いを楽しむ。展示室にポジティブな空気が漂うのは、毛利さんの姿勢が作品に表れていたからだろう。
大きな展覧会が続いた2024年。どんな一年だったか問うと、「今できる限りの表現は100%出すことができたし、なおかつ自分の作品は変化していくものだから、『ここからどういうふうに次の景色を探せるんだろう』という水平に立てたように思います」。
仕掛けによって連鎖するように動く作品には、中心がない。求心的に見せようとしないから、軽やかでユーモアもたたえる。そういう点で、ちまたで見かけることさら意味ありげな作品とは異なっている。25年2月9日まで。
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美術館の隣には11月2日、地下3階、地上28階建てのTODA BUILDINGがオープンした。ギャラリーなど芸術文化施設が入居する低層階と、戸田建設本社などが入る上階のオフィスエリアで構成し、1~2階にはパブリックアートを展示。新進アーティストやキュレーターが作品発表するプログラムを設け、毛利さんら4人の作品を誰もが自由に鑑賞できる(初回は26年3月まで)。隣接するアーティゾン美術館と共に、京橋地区の文化拠点化を目指す。
2024年12月16日 毎日新聞・東京夕刊 掲載