没後30年以上を経ても、ポップなイメージが世界中で親しまれているキース・ヘリング(1958~90年)。「アートはみんなのために」という信念のもと、ニューヨークの地下鉄で始まったヘリングの画業を約150点の作品で振り返る「キース・ヘリング展 アートをストリートへ」が、兵庫県立美術館ギャラリー棟3階ギャラリーで開催中だ。6月23日まで。
冒頭の展示が、黒い紙に白いチョークで描かれた「サブウェイ・ドローイング」。人々に日常の一部としてアートに触れてもらいたいと考えたヘリングは、80年、地下鉄駅構内の空いた広告板に貼られる黒い紙を思いつく。警官に捕まらないよう数分で描きあげると、地下鉄に飛び乗り次の駅へ。シンプルでユーモラス、見る者の想像をかきたてるイメージはニューヨーカーの心をつかんだ。
多い日で約40枚、約5年にわたり続けられたドローイングだが、剝がされて高値で売買されるようになったため中止に。数千枚に及んだとみられる作品のほとんどは残っていない。本展では日本初公開の5点を含む7点を展示。監修した中村キース・ヘリング美術館顧問の梁瀬薫さんは「戦争や暴力、核や遺伝子組み換えの恐怖といったテーマを、40年も前から描いていた。簡単な絵の中に深いメッセージがある」と話す。
82年、ヘリングは核放棄を題材にしたポスターを自費制作。多くの人に直接届く媒体として、以降、エイズ予防や反アパルトヘイトなど社会的なテーマを含む数多くのポスターを制作した。オリジナルグッズを販売する「ポップショップ」を展開したのも、コレクターだけでなく誰でもアートを手に取ってほしいとの思いから。ただ、美術界からは商業主義的だと厳しい批判を浴びた。ニューヨーク近代美術館など名だたる現代美術館が作品を収蔵するのは、ヘリングがエイズによる合併症で31年の短い生涯を終えた後だったという。
「いつでも誰でもどこでも表現が始められるということを大切にしたいし、そうなってほしい」。「サブウェイ・ドローイング」を手がけるヘリングに密着取材した美術評論家の村田真さんは、そう語る。会場では村田さんによる当時の写真も見ることができる。
2024年5月27日 毎日新聞・東京夕刊 掲載