◇人形が紡ぐ奇妙な世界
自身の顔や体のパーツを合成した映像インスタレーションで知られるアーティスト、笹岡由梨子さんの個展「笹岡由梨子のパラダイス・ダンジョン」が滋賀県立美術館(大津市)で開かれている。初の美術館での個展で、初期作品から新作まで10作品が並ぶ。
笹岡さんは1988年、大阪生まれ。京都市立芸術大大学院博士課程満期退学。咲くやこの花賞や京都府文化賞奨励賞、VOCA佳作賞など受賞多数。2022年に京都から滋賀に拠点を移し、国内外で作品を発表している。24年には「ラヴァーズ」が東京・表参道に展示されたほか、JR大阪駅前のグランフロント大阪の屋外広場にも作品が設置されている。
笹岡さんの作品には、自身の顔や体のパーツを映像で合成した人形や動物の特異なキャラクターが登場し、笹岡さん作詞作曲の楽曲をうたい上げる。初期作品では映像で完結していた世界が、近作では映像を飛び出し、キャラクターが立体物として登場。本展ではその変遷も見られる。
もともと油絵専攻だった笹岡さんが映像作品を創るきっかけとなったのが、東日本大震災だった。連日、テレビに映し出される津波や原発事故などの映像が映画やCGのようで現実感を持てず、そんな自身に嫌気がさすとともに「高精度のCGを見ることが怖くなった」。その時、笹岡さんを癒やしてくれたのが、いわゆる「クソコラ」と呼ばれる粗雑な編集の合成映像だった。合成や編集の痕跡が絵画における筆跡(ふであと)のようで「絵みたいだなと感じた」と振り返る。
作品のアイデアは身近な感情から生まれるという。「ショックを受けたことや、ストレスなどが蓄積される中で、ドローイングのイメージとなって出てくる」。24年発表の「ラヴァーズ」は、飼い猫の去勢手術が契機となった。人間のエゴで手術をせざるを得なかった罪悪感と、本来の役目を果たすことができなかった睾丸(こうがん)への哀悼から生まれた。「イカロスの花嫁」(15~16年)は、大学院を修了する頃の作品で「両親から『この後はどうするのか』と繰り返し問われていた」と述懐する。作品中の笹岡さんの分身「ヨリコ」は、無力な花嫁から次第に自立し、自身を解放する。
20~21年制作の「プラナリア」は、身近な人の死とコロナ禍の中で創作された。三つ並んだ画面の中央では、全身毛むくじゃらで黒ずくめの人物が円形の祭壇に一つずつ魚の頭をした人形をつるし、ろうそくを1本ずつともす「死の誕生パーティー」の映像が流れる。両脇の画面では焼死や凍死など、その人形の死に様が再現される。人形は自死率が高い12カ国それぞれの民族衣装を着て、頭は笹岡さんが食べ残した魚の頭が使われている。重いテーマを扱いながらも、どこかユーモラスでもある。
作品は歌作りから始まるという。浮かんだイメージをドローイングで描くうちに言葉やイメージが一つの形を成し、フレーズが降りてくる。壁に貼ったドローイングを「楽譜代わり」にして作曲すると言い、本展ではそのドローイング部屋を再現した展示室もあり、創作過程を垣間見られる。
本展のために制作した最新作「タイマツ」は料理がテーマ。画面に登場する料理のメインは豚肉で、火を通さないと食べられない。そのままでは受け入れられないものを、一手間かけて受け入れられるものに変化させることに着目した作品だ。鏡の反射を使い、万華鏡のような映像世界が展開される。
楽園(パラダイス)でもあり、ダンジョン(地下牢(ろう))でもある唯一無二の作品世界を体験できる。3月22日まで。

2026年2月19日 毎日新聞・東京夕刊 掲載