古今和歌集巻第4 高木聖鶴筆 彩箋墨書 24.7㌢×507.0㌢(部分) 昭和時代・20世紀 個人蔵=著作・毎日

【書の楽しみ】
古筆基盤に創意 聖鶴の美意識

文:島谷弘幸(国立文化財機構理事長・皇居三の丸尚蔵館長)

 高木聖鶴(1923~2017年)は岡山に生まれた。瀬戸内の温暖な気候に抱かれ、四季折々に移り変わる大空に流れていく雲、大きく弧を描くように飛ぶ鳥、高梁川の清流の素早い魚の動きを日々眼(め)にして育ち、自然豊かなこの地を愛して居住した。

 この作品は、流水に松や岩を配し、銀の揉(も)み箔(はく)を散らした清楚(せいそ)で品の良い装飾料紙に『古今和歌集』巻第4を揮毫(きごう)したものである。闊達(かったつ)自在な筆致は、聖鶴が到達した書の境地の一つを示すものである。

 聖鶴は、内田鶴雲に師事し、書の道に入った。書の技術に加えて美の感性を養うためには、何より書の古典の臨書が肝要である。その古典の基盤なしには創造はないといえよう。鶴雲の師である安東聖空が藤原行成を祖とする世尊寺家の第4代の定実の筆である「元永本古今和歌集」を範としていたため、聖鶴もこの書風を取得することになる。さらに仮名が完成し、その美が到達したといわれる「高野切本古今和歌集」、奔放自在な書風で知られる「香紙切本麗華集」ほか多くの古筆の作品を学んできた。それも、日々の弛(たゆ)まぬ精進の結果で、書の用語では背臨というが手本を見なくても再現できるほど古筆の奥義を手中にした。ただ、そのままでは、現代の書ではない。時代と作家の美意識が反映されてこそ、今日の芸術といえる。聖鶴は、生涯を書にささげて弛まぬ精進、鍛錬を積み、岡山県の豊かな自然の景物を背景に、自らの書風を確立していく。

 日本の仮名の書道は、小字を中心とする作品が多かったが、戦後の展覧会を舞台に大字仮名が展開されていった。この流れもあって、聖鶴も大字作品に新たな境地を開くことになる。聖鶴の書には、「高野切」「関戸本」や「元永本」、あるいは「香紙切」などの古筆から習得した造形美や筆線が作品に反映している。それらの古筆が見え隠れするが、設計図を作って創作するような作品ではない。おそらく、聖鶴には古筆を再現しようという意識はなく、平安朝の古筆という型に入り、身についた技法をその都度、自らの感性によって自在に表現しているのであろう。

 この「古今和歌集巻第4」も、一見すると「香紙切」の影響が見えるが、大字書で鍛えたおおらかで張りのある筆線、そして情感あふれるタッチが見事である。巻の初めのゆったりとした行間と3首目以降の表現にも注目したい。ことに4首目の1行目「きのふこそ さなへとりしか いつのまに いなは/」と2行目「そよきて 秋風のふく」などでは、墨量の多寡により遠近感をも表現している。多くの古筆に習熟し、これを基盤に自らの美意識を加えて現代の書として見事に表現したもので、自らの表現の確立を目指す聖鶴の好みと合致した古筆が見え隠れしたものといえよう。いわゆる型の踏襲による形式美ではなく、聖鶴が自身の美意識のままに筆を揮(ふる)った結果なのである。

 1995年に日本芸術院賞を受賞し、2013年には文化勲章を受章している。

2025年12月16日 毎日新聞・東京朝刊 掲載

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