天井と畳の割り付けを合わせた「畳うつし」が特徴の客間=須賀川理撮影

 東京都江東区潮見の湾岸エリア。清水建設の研究施設やオフィスが建つ敷地に、「日本資本主義の父」と呼ばれる渋沢栄一の邸宅がある。3度の引っ越しを経てここにたどり着いた。

旧渋沢邸の表座敷(中央)。建築当初は前面のガラス戸はなかった=須賀川理撮影

 家屋の延べ床面積は約1200平方㍍と広大。その中心にある表座敷は1878(明治11)年、現在の同区永代に建てられた。

 設計・施工を手掛けたのは、前身の清水屋2代目店主、二代清水喜助。ヒノキ造りの日本家屋で、擬洋風建築が得意の喜助らしく、細部に洋の要素が取り入れられた。華美ではないが、黒柿や沈香(じんこう)など貴重な資材が随所に使われている。

 1908年、現在の港区三田に移築され、その後、洋館などが増築された。47年には孫の渋沢敬三が財産税として国に物納。老朽化で取り壊しの危機にあった90年、渋沢家の元秘書、杉本行雄に払い下げられ、青森県六戸町に再移築された。

 喜助の手掛けた建築物を残そうと、清水建設が2019年に譲り受け、現在地に整備した。江東区の指定文化財で、週に1度、一般公開(抽選)されている。

洋風の意匠の「黒柿の階段」=須賀川理撮影

2025年11月23日 毎日新聞・日曜くらぶ 掲載

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