学芸員という仕事に対する世間の認知度は決して高くない。この職業についているものならば、「受付で来館者の対応をしたり、展示室で監視をしたりする人でしょう」といわれた経験はかならずある。ときとして学芸員がこれらの業務にあたる館もあるから、それはそれで間違っていない。そして、ある程度この仕事についての知識がある人にとっては、展覧会をつくるという仕事がイメージされるだろう。
いずれにしても、多くの人たちは、展示室のなかにこそ、学芸員の姿を見ている。それゆえ、私の職業を知っている親戚たちからは、すっかり伸びた頭髪に視線を送りながら、「仕事をうしなってしまったのではないか」「収入がなくなってしまったのではないか」と切実に心配された。
勤務地の出光美術館が休館に入ってから、ちょうど1年。展示室をうしなった学芸員がこの期間をどのように過ごしてきたのか。ここで、その一端を記しておきたいと思う。
あまり知られてはいないが、実はいまも東京・三鷹市に設けられた「出光美術館・展示室」において当館の陶磁器コレクションが定期的に公開されており、展示活動そのものが途絶えたわけではない(「東洋のやきもの」をテーマにした本展示は、3月31日まで)。また、昨秋からは所蔵作品を公開する展覧会が各地ではじまっており、今年以降も同様の計画がいくつかある。
ただし、いずれの機会もみずからが主体的にたずさわった企画とはいえず、確かに学芸員の「主戦場」からは遠ざかったままである。それでは、この1年はどのような仕事に費やされたのか。その問いへの回答は、作品とこれまで以上に間近に向き合うことだったといえる。
たとえば、海外への作品輸送が文字どおり作品に寄り添う仕事であったことは、本紙で紹介したとおりである。あるいは、作品の修理。自館のコレクションを最大限に活用して展覧会を開いてきた出光美術館において、どうしても特定の作品が展示過多になりやすい。結果、とくに脆弱(ぜいじゃく)な材質なものが多い絵画は傷みが進む。一方で、修理がはじまると数年間展示ができない事例がほとんどなので、両者の調整はとてもむずかしい。
その点、休館中は腰を据えて修理に取り組むための好機となる。作業そのものは専門の技術者によって行われる。ただし、その現場は作品の置かれた現状を学芸員がつぶさに観察し、制作の手順とその具体的な方法に間近に接するための絶好の機会となる。そこから得られた知見は、美術史研究者としての学識を豊かにする。また、今日まで伝えられてきた作品の労をねぎらうとともに、修理後の姿を思い浮かべながら、再開館後の展覧会企画のための創造性を磨く場となる。
そのほか、作品の収集や学術発表など、展示・公開以外にも果たすべき仕事は、例年に増して多かった。それらの成果が、展示室という場でいつ実を結ぶことになるかは、いまのところ見とおせない。だが、ここまでの連載で記してきたように、作品によってこそ何かしらの思考をはじめようとする学芸員の姿を忘れることなく、この休館期間を有意義にすごしたいと思う。
2026年2月8日 毎日新聞・東京朝刊 掲載