【目は語る】10月 国立西洋美術館「キュビスム展」
ロベール・ドローネー「パリ市」 1910~12年 Centre Pompidou, Paris, Musée national d'art moderne − Centre de création industrielle (Achat de l' État, 1936. Attribution, 1937)©Centre Pompidou, MNAM−CCI/Georges Meguerditchian/Dist. RMN−GP

【目は語る】10月
国立西洋美術館「キュビスム展」
「美の革命」がもたらしたもの

文:高階秀爾(たかしな・しゅうじ=東大名誉教授、美術評論家)

キュビズム

西洋美術

 フランスの小説家エミール・ゾラの「ルーゴン・マカール叢書(そうしょ)」のなかに、パリの美術界を舞台とした長編小説『作品』(1886年)がある(日本では清水正和訳により『制作』の題名で岩波文庫に収められている)。その中に主人公の画家クロード・ランティエがパリの町を主題とする大作を描こうと苦悶(くもん)する話が出てくる。

 クロードは、セーヌ川の橋の下から眺めたシテ島の美しさに魅せられて、それを表現するため、さまざまの習作を試みるが、どれも気に入らない。最後に彼は、画面中央に3人の裸婦の姿を大きく描き出すという構図を考え出して、ようやく満足する。セーヌ川の真ん中に突然巨大な裸婦像が出現するという不自然さを批判されながらも、彼は頑固にその構図を守り続けた。

 ゾラの小説では、その後物語は思いがけない展開を見せる。画中の裸婦像に取りつかれたように熱中する夫に不安を感じた妻のクリスティーヌは、強引にクロードをアトリエから引き離して、二人で寝床で抱き合う。いったんは制作中の絵のことを忘れて眠り込んだクロードは、夜中に彼を呼ぶ女の声に引かれて再びアトリエに引きかえす。翌朝クリスティーヌがアトリエにはいると、クロードは絵の前で首を吊(つ)っていた……。

 現在、東京・上野公園内の国立西洋美術館において「キュビスム展―美の革命 ピカソ、ブラックからドローネー、シャガールへ」と題する展覧会が開かれている。パリのポンピドゥー・センターの所蔵品を中心に、日本国内作品をも加えた充実した企画展である(2024年1月28日まで。次いで京都市京セラ美術館に巡回)。思いがけないことに、そのなかの目玉作品の一つに、ゾラの小説そのままのようなロベール・ドローネーの「パリ市」(1910~12年)がある。

 横幅が4メートルを超える大作でエッフェル塔やセーヌ川の橋を背景に、中央に巨大な3人の裸婦像が君臨する。まさしくゾラの小説を絵画化したような情景である。しかしながら、ドローネーが四半世紀も前のゾラの小説を霊感源としたとは、容易に考えにくい。過去とのつながりということなら、ルネッサンス期に成立してラファエロなども試みている「三美神」の図像を受け継ぐものである。

【目は語る】10月 国立西洋美術館「キュビスム展」
ロベール・ドローネー「円形、太陽no.2」 1912~13年 Centre Pompidou, Paris, Musée national d’art moderne − Centre de création industrielle (Don de la Société des Amis du Musée national d’art moderne en 1961) © Centre Pompidou, MNAM−CCI/Georges Meguerditchian/Dist. RMN−GP

 このドローネー作品の功績は、裸婦ではなく、「パリ市」という主題に、新しい現代的美を見いだした点にある。事実ドローネーは、この時期、さまざまの「三都市像」を試みている。だがその表現は、画面構成や都市のモニュメントなどを対象とするものにかぎられていた。ところが「パリ市」以後、都市も裸婦も消えて、画面は「窓」「円形、太陽no.2」に見られるように、赤、黄、オレンジなどの豪奢(ごうしゃ)華麗な色彩表現に埋めつくされている。まさしく、それこそがキュビスムの「美の革命」がもたらしたものである。

 展覧会としては一応「キュビスム以前-その源泉」と題した第1章から、「キュビスム以降」の第14章まで、ほぼ時代の流れに沿った構成となっているが、展示作品はそれぞれの画家の表現の成果によってまとめられている。例えばピカソやブラックの場合、第2、3、4、14の各章に登場するし、それに加えて、当時のカタログ、ジャーナリズムの批評、その他豊富な資料が紹介されていて、まさしく20世紀の美術の大きな流れが豊富に集められている。何回も繰り返し訪れたい優れた展覧会である。

2023年10月12日 毎日新聞・東京夕刊 掲載

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