「ウォール・ドローイング#770」 ©2025The LeWitt Estate / Artists Rights Society (ARS), New York. Courtesy Paula Cooper Gallery.=東京都江東区の都現代美術館で清水有香撮影

 1960年代以降、作品を生むアイデアやプロセスを重視するコンセプチュアルアートが美術界の一つの潮流となった。その実践に大きな影響を与えたソル・ルウィット(28~2007年)の個展が東京都現代美術館で開催中だ。国内の公立美術館では初の個展となるが、展示はこの「20世紀を代表する米国人男性アーティスト」を巨匠としてたたえるためのものではない、と同館の楠本愛学芸員は力を込める。本展は「隙間(すきま)」や「裂け目」をキーワードに、ルウィット作品の今日的な意義を探る。

 「ルウィットにとって一番大事なのは、自分のアイデアを他者とどう共有するかということでした」と楠本さん。例えば線や図形で構成される「ウォール・ドローイング」は、自身の指示を基に別の誰かによって壁に描かれ、展覧会が終わると塗りつぶされた。そこには芸術をめぐる作者性や永続性への問いが潜む。

 このシリーズは、反体制の時代だった68年に初めて発表されて以降、作家のライフワークとなった。80年代に入ると、色は豊かに、形は複雑になるが、幾何学図形や三原色の組み合わせなどアイデアの簡潔さは一貫している。会場に並ぶ6点は、本展のために10人以上の手で制作された。

 ボランティアに頼らず、描き手を雇うことにもルウィットはこだわった。対価を払うことで、第三者にも作品への責任を持ってもらい、制作に関わった全員の名を「作者」としてキャプションに刻んだ。作品は一人では完成せず、あらかじめ他者が介入する余地を含むものとして存在する。

 その創造的な隙間は関係性を育む一方、対立を生む裂け目にもなりうる。SNS時代の今、ルウィット作品を「みんなが集まってアイデアを共有する理想的なものではなく、隙間や裂け目をはらむ不完全なものとして捉え直すことが、よりアクチュアルな理解につながるのでは」と楠本さんは考える。

 本展では自身の思考を媒介する手段として制作されたアーティスト・ブックも多数紹介。ルウィットが投げたアイデアは常に開かれ、他者の訪れを待っている。4月2日まで。

「ソル・ルウィット オープン・ストラクチャー」の展示風景=東京都江東区の都現代美術館で清水有香撮影

2026年3月2日 毎日新聞・東京夕刊 掲載

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