森田曠平「ひらかな盛衰記(笹引の段)」(1989年)=平塚市美術館寄託、日本芸術文化振興会(国立劇場)蔵

 伝統ある劇場の隠れた楽しみの一つが、ロビーなどに掲げられている美術作品の鑑賞だ。例えば歌舞伎座では、川端龍子や伊東深水らの日本画が幕あいのひととき、芝居に興奮した心を穏やかに静めてくれる。

 ひときわ充実したコレクションを誇るのが国立劇場だ。「日本の伝統芸能の保存と振興」を掲げ1966年に開場。当時の理事長の寺中作雄は「わが国現代画壇の最高峰に立つ優れた作家の手に成る日本画を集めて、そこここの壁面に掲げることができたらどんなに素晴らしいことであろう」と構想した。高名な美術評論家、河北倫明の協力を得て作品は選定され、経団連などの力添えにより寄贈を受けた。収集はその後も続き、劇場2階の回廊には所蔵作がずらり。それらを眺めながらそぞろ歩きするのは得がたい体験であった。

 が、老朽化による建て替えのため2023年秋に閉場。物価高騰のあおりを受け、新劇場の建設開始は見通せず、「あの名画の数々は二度と目にできないのだろうか」と気をもませた。そこに朗報である。再開場までの間、近現代の日本画に力を入れる平塚市美術館(神奈川県)へ一連の作品が寄託されたというのだ。

 その全貌を展観するのが本展。計36作を「物語・役者を描く」「風景を描く」「花・動物を描く」「人を描く」の4章立てで紹介する。まず目を引くのが、歌舞伎や文楽の演目を主題にした作品群。国立劇場ならではだ。例えば、森田曠平「ひらかな盛衰記(笹引の段)」は、実際に吉田文雀の主遣いによる舞台を観劇した上で描かれたという。

 会場を見渡し浮かび上がってくるのが時代性。展示リストには、高山辰雄、杉山寧、東山魁夷、加山又造ら20世紀後半の画壇を代表する名が連なる。「新時代を模索する日本画の一端が見えます」と鈴木美有学芸員。小倉遊亀「月」からは、作家がピカソやマティスの影響を受けながら、新しい表現を追求する姿がうかがえる。日本画における戦後の潮流を再確認できる貴重な機会だ。26年2月15日まで。

小倉遊亀「月」(55年)=平塚市美術館寄託、日本芸術文化振興会(国立劇場)蔵

2025年12月15日 毎日新聞・東京夕刊 掲載

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