展示は3章構成。第2章では藤田嗣治による猫の絵を並べ、藤田が「猫の画家」となった軌跡を追う=小松やしほ撮影

 日本には猫を描いた絵がたくさんある。猫は絵画の定番のモチーフと言っていいだろう。だが、日本に洋画が生まれた当初は、さほど描かれることがなかったという。猫を人気の主題へと押し上げたのは、パリで活躍した藤田嗣治(1886~1968年)である。東京・府中市美術館で開催中の「フジタからはじまる猫の絵画史」は、「藤田の猫」とともに、日本の洋画家たちが描いた猫の絵画の歴史を83点の作品でたどる。

 洋画の本家ヨーロッパには、猫に限らず動物の絵が少ない。「絵画の主役は人物」で、動物は「脇役」あるいは何かの「象徴」というお約束があったからだ。約束事の縛りが弱くなってくるのは19世紀に入ってから。一方で、日本には古くから動物絵画の豊かな伝統があった。第1章<「フジタからはじまる猫の絵画史」、その前史>では、藤田以前の洋画と日本画の猫の絵を比較。スタンラン「二匹の猫」(1894年)や菱田春草「黒猫」(1910年)、木村武山「黒猫」(大正時代)などを紹介する。

 続く<フジタの猫の絵の変遷>では、藤田の猫がどのように生まれ、藤田はいかに「猫の画家」となったのかを追う。「乳白色の裸婦」で一躍、スター画家となった藤田は自画像を描き、自身の特徴的な風貌とともに、西洋の伝統的な画題を、日本的な技法で制作する姿を印象づけようとした。自画像に加えた猫は、西洋から見れば「日本的」題材であり、猫好きな「日本人画家フジタ」をアピールするものだった。猫は藤田の重要なモチーフとなっていく。

 日本画風の「木瓜に猫」(30年代)や14匹の猫の大乱闘を描いた「猫」(40年)、絵本の挿絵のような「猫の教室」(49年)。藤田がこんなにもたくさんの猫の絵を描いていたことに驚かされる。

 第3章は<フジタ以降の猫の絵>。クッションの上で眠る子猫を描いた中原實の「猫の子」(29年)は王道の可愛らしさ。藤田と親しかったという猪熊弦一郎が「猫の抽象化」に挑んだ大作「猫によせる歌」(52年)、猫と言われなければ分からないほどに抽象化された村井正誠の「猫」(80年)など、多彩な猫の絵には心躍る。猫好き必見の展覧会だ。12月7日まで。

猪熊弦一郎「猫によせる歌」(1952年、香川・丸亀市猪熊弦一郎現代美術館)=小松やしほ撮影

2025年11月10日 毎日新聞・東京夕刊 掲載

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