ベネチア・ビエンナーレの展示風景。㊧「昭和怒羅亜愚地下系双六」(嶋田美子+ブブ・ド・ラ・マドレーヌ、2025年)㊨「1945」(同、1998年)=オオタファインアーツ提供、Copyrights of Artists

 「In Minor Keys」と題して開かれている今年のベネチア・ビエンナーレ国際美術展に、日本から2人の作家が参加している。鋭い批評眼で社会や歴史と向き合ってきた嶋田美子さん(1959年生まれ)とブブ・ド・ラ・マドレーヌさん(61年生まれ)だ。力や声の大きさによる支配が露骨さを増す世界で、アーティストは何を表現するのか。7月、2人が京都市内で報告会を開いた。

 音楽用語で「短調」を意味するタイトルは、同時に、周縁に置かれ、踏みにじられてきた小さな声をイメージさせる。アフリカ出身女性初の芸術監督、コヨ・クオさんが構想し、昨年クオさんが急逝した後は、チームがコンセプトを引き継いだ。国際企画展に招待されたのは、多様な背景を持つ111組のアーティストだ。

 嶋田さん、ブブさんはそれぞれの個人作品と、近現代の日本の姿を問う共作を出品。現地でのパフォーマンスも行った。報告会は7月4日、京都市立芸術大の芸術資源研究センターが主催し、2人は出品作の制作背景や現地での反応などを語った。

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 昨年、東京でのグループ展で、明治期に軍国日本ができあがるまでをすごろく仕立てにした「明治怒羅亜愚(ドラアグ)反帝戯画双六(すごろく)」を発表した2人。ビエンナーレに向け、続編と位置づける新作「昭和怒羅亜愚地下系(アングラ)双六」を制作した。占領期に始まり、安保闘争、1970年大阪万博、フェミニズム運動、公害問題……。「良い時代」と総括されがちな戦後の日本を、民衆やアンダーグラウンドの表現者らの抵抗を通して捉えている。

 企画展には両作を含む3点の共作を出品。いずれも嶋田さんとブブさんが時代を象徴する人物に扮装(ふんそう)した姿がコラージュされ、ユーモラスな中に、権力への痛烈な批判が読み取れる。報告会でも2人は制作時のエピソードを笑いを交えて紹介しつつ、背景にある問題意識を解説。昭和版すごろくでは「その後は下り坂で地獄に行くしかない」(嶋田さん)と真ん中を「上(あが)り」ではなく「下り」にしたことや、ベネチアの美術館が所蔵するヒエロニムス・ボスの「地獄」を引用したことが語られた。

 パフォーマンスは「斃(たお)れし同志と堕天使のための行列」と題し、内覧会中の5月6日に行った。東京・立川で育ち、戦争と女性をテーマにしてきた嶋田さんは「砂川闘争の農婦」に、セックスワーカーとして働き、その権利のために活動した経験を持つブブさんは、イタリア映画「カビリアの夜」の売春婦に扮し、同行した音楽家の演奏に乗って、会場を練り歩いた。

 「戦争や、私たちがフォーカスしてきた社会的課題で志半ばでたおれていった人たちと、今を生きる私たちとを、追悼したり祝福したりする表現」を2人で考えた、とブブさん。「すごく集中して見てくれていると感じた。言葉は交わさず、まなざしだけでも、とても貴重な無数のやり取りがあった」と現地の反応を振り返った。

パフォーマンス「斃れし同志と堕天使のための行列」を行った嶋田美子さん(手前左)とブブ・ド・ラ・マドレーヌさん(同右)=オオタファインアーツ提供

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 開幕時、ロシアとイスラエルの参加を巡る抗議や混乱が大きく報じられた今回のビエンナーレ。嶋田さんは結果的にロシアやイスラエルにスポットが当たってしまうことの問題を提起した上で、企画展の参加作家有志が行った「Tシャツアクション」に言及した。

 パレスチナ作家の名前を胸に、作品を背にプリントしたTシャツを、企画展の作家たちが着て集まり、「テンポラリー(一時的)なパレスチナ館」(嶋田さん)を立ち上げるというアクション。内覧会中、毎日正午から行われ、低音のハミングや黙とうでパレスチナへの連帯を示した。

嶋田美子さんらによる「Tシャツアクション」の模様  ©「In Minor Keys」作家有志

 開幕前、作家たちのオンライン会議に参加したアクティビスト団体が、ボイコットや作品を隠すことを提案したのに対し、パレスチナの作家が「私たちはこれまで不可視化されてきた。せっかく発表の機会があるのに、なぜ隠さないといけないのか」と発言したことを、嶋田さんは紹介。「パレスチナの人、文化を可視化するアクション」を目指したと語った。「米国に誰も何も言わないのはおかしい」と、アメリカ館の前で単独のプロテストを実施したことも報告した。

 会場との質疑では2人の作品や現地の様子のほか、現在の国内外の状況をどう見ているか尋ねる質問も出た。「世界は再び閉じていくのか」との問いに、ブブさんは「みんな危機感を持ち、どういう回路でどういうボリュームで何を言うかということに必死であるということを感じた」とした上で、「誰としゃべるかによる。できるだけいろんな人としゃべることが大事だと考えている」と答えた。

 ブブさんは「データでは測れない」とも。嶋田さんも「データで測ろうとするとネットの意見などが中心になってしまう。フェース・トゥー・フェースの信頼関係を信じていくしかない」と続けた。嶋田さんは「クリエーター側が萎縮することは絶対に阻止しないといけない」とも指摘。自身も会員の日本ペンクラブが皇室典範改正や国旗損壊処罰法創設に関して声明を出したことに触れ、「同じ危機感がビジュアルアートにはないか、あってもこれという力になっていない。発信する場がない」と課題を挙げた。

 第61回ベネチア・ビエンナーレは11月22日まで開かれている。

2026年8月10日 毎日新聞・東京夕刊 掲載

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