ワイヤ彫刻を編むルース・アサワ。左下は素材の針金を束ねたもの=1956年、Photograph by Imogen Cunningha

 ◇米拠点に独自のワイヤ彫刻

 日系2世の彼女は10代後半の一時期、米国の強制収容所で過ごした。戦後、地元カリフォルニアで6人の子を育てつつ美術制作にいそしんだ。名はルース・アサワ(1926~2013年)。ワイヤを編み込んだつり下げ型の抽象彫刻で知られる。複数のマイノリティー性を抱えたアサワが国際的な評価を得るのは没後のことだ。

沢山遼さん

 今春、その生涯に迫る評伝本が刊行された。解説を寄せた美術評論家の沢山遼さん(43)は言う。「アサワは米国社会で負ったハンディキャップを積極的に自分の転機にしてきた。その力は芸術のエネルギーそのものだったのではないか。アサワの人生を通して、芸術の力とは何かを考えずにはいられません」

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 評伝のタイトルは『ルース・アサワ 触れるものすべて』(マリリン・チェイスさん著、石井ひろみさん訳、書肆侃侃房(しょしかんかんぼう))。生誕100年の今年、MoMA(ニューヨーク近代美術館)で回顧展が開かれるなど欧米でアサワ作品の再評価が進む。一方、日本での知名度は低い。24年度、国立国際美術館(大阪)に作品が収蔵されたものの、国内で鑑賞する機会はほぼないという。「日本語でアサワを紹介する本が出たことにまず意義がある」と沢山さん。

 父は福島県出身で、20世紀初めに渡米。母は見合い写真による結婚で海を渡った。カリフォルニアの零細農家に生まれたアサワは16歳の時、強制収容所へ移送された。収容所内の高校を卒業後、教育大に進学するも日系人に対する差別は根深く、教師になる夢は絶たれてしまう。そんな中、友人を介して南部ノースカロライナ州にある芸術学校ブラックマウンテン・カレッジの存在を知り、46年に入学。在学中に旅したメキシコで伝統的なかご編み技法を学び、独自のワイヤ彫刻を生み出した。

 本書を読めば、ブラックマウンテン・カレッジへの入学が大きな転機となったことが分かる。33年に開校した同校の特色は「美術や科学、文学といった垣根を越えた領域横断的な教育にありました」。教員の多くは、ファシズムが台頭するヨーロッパから亡命してきた芸術家。中でも2人の教師の存在がアサワの人生を決定づけた。

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 一人は建築家で思想家のバックミンスター・フラー。「宇宙船地球号」という概念が日本でも知られるように、「国籍を超えて全人類が生きていくために何ができるのかを考えた人でした」。その包括的な思想は、芸術と生活が地続きだったアサワの生き方に受け継がれている、と沢山さんは指摘する。

 アサワは49年、カレッジで出会った米建築家アルバート・ラニアーと結婚。美術家として順調な道を歩むも、批評家からは「子持ちの主婦」「エキゾチックな東洋人」として取り上げられる向きもあった。60年にはニューヨークの画廊との契約を解除し、家庭生活と自宅での制作に専念する道を選ぶ。「芸術か人生かの二項対立ではなく、家事や育児をしながら制作できる仕組み自体をアサワは作っていきました」

 もう一人の師は、画家でデザイナーのジョセフ・アルバースだ。「色彩は単独ではなく相互に関係し合う」というアルバースの色彩理論を、アサワは自作の「形態」で実践したのではないか、と沢山さんはみる。

 例えば入れ子構造の彫刻は複数の形が関係し合う。内側の球体の表面が反転して外側の形態の裏面になる入り組んだ構成で、浮遊する彫刻の多くは上下左右対称だ。アサワ作品では「さまざまな階層性がひっくり返る」。そのことは強制収容所時代、鉄条網として自らを縛った針金を<美をつむぐ線>に変えたように、マイナスをプラスに転換して自らの道を切り開いていった生き方にも重なる。

 ワイヤという線から始まるアサワ作品は、「拡張されたドローイング」と捉えた方がしっくりくる、とも語る。線が面に展開され球体になる。そうして次元の違いを超えていくことで「私たちを拘束する境界や対立区分を乗り越えていくことを、自作に託したのではないか」。アサワが夫に書き記した「世界市民でありたい」という言葉は彼女自身の決意表明でもあった、と考察する。

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 抽象芸術は「作品形式の純粋性を追求したもの」と理解されることが多い。だがアサワ作品は別の可能性を示してくれるという。それは沢山さんいわく「帰属からの解放」であり、「すべての命が肯定される公共圏を作るための形式的な言語」だ。「単なる形ではなく、その思想を実現するものとしてアサワの抽象芸術があるということが重要です」

 そして世界情勢が混迷する今、彼女の実践が一つの希望となると沢山さんは信じている。「分断を超えて何かが実現できるのではないかということをアサワ作品は考えさせてくれる。それは理想論かもしれないけれど、芸術は理想を語るものであり、理想が奪われたら世界は本当に壊れてしまう。今こそ、私たちは包括的な視点を取り戻すべきだと思います」

「Architecture of Life(生の構造)」展の展示風景 バークレー美術館・太平洋フィルムアーカイブ(BAMPFA)=2016年、Photograph by Laurence Cuneo

2026年7月22日 毎日新聞・東京夕刊 掲載

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