
◇『攻殻』の原画や愛用品など約440点
「SFがいつまでも世紀末的な倦怠世界ばかり描いてもいられないだろう。未来は明るい方がいい」。漫画家・イラストレーターの士郎正宗さん(1961年生まれ)は90年代にこう発言している。第5次世界大戦後の廃虚が舞台のSF漫画『アップルシード』でメジャーデビューして40年。AI(人工知能)やサイボーグなど高度にテクノロジー化された近未来の姿を、時代に先駆けて表現してきた。
89年に連載が始まった『攻殻機動隊』もその一つ。2029年、通信ネットワークに覆われた世界で、凶悪化するサイバーテロや犯罪と戦う「公安9課」の物語だ。世田谷文学館(東京都世田谷区)で開催中の「士郎正宗の世界展」は本作を軸に、原画や愛用品など約440点を紹介。後のクリエーターに多大な影響を与えた作品世界に迫る。
作品やテーマごとに区分けされた全11章。展覧会を象徴するのが、単管パイプを組み合わせた箱形の構造体をぐるりと囲むように、「攻殻機動隊」の原画が並ぶ一角だ。むき出しのパイプは廃虚を連想させる。その一部に電光掲示板が取り付けられるなど作品の世界観とリンクした見せ方になっている。同館の工藤絵里名学芸員は「当時の最先端技術を独自に解釈して作品に取り入れ、ものすごい密度で架空の世界を構築している」と士郎作品を解説。「AIなどが生活に定着した今見ると、現実の世界につながっていると気づく。その衝撃がある」と語る。
「攻殻機動隊」は26年、新作アニメシリーズが放送される予定だ。シリーズ構成・脚本を担当する小説家の円城塔さんは<士郎正宗作品に描かれるのは決して科学万能の世界ではないが、科学が全てを滅ぼしてしまう安易なディストピアでもなく、当座しのぎで乗り継ぎながら、利用できるものはなんでも利用して、ヴィジョンを目指す人々である>とコメント。そうした「明るさ」が今も多くのファンを魅了する。
8月17日まで。9月5日から大阪・心斎橋パルコに巡回(ただし複製画の展示が中心)。
2025年6月16日 毎日新聞・東京夕刊 掲載