
◇持続可能なアートの灯を
今年、開館35周年を迎える東京・青山のワタリウム美術館が、文化的遺産の保護を目的とした新たなプロジェクト「Oriza(オライザ)」を始めた。現代アーティストが制作した作品を国内外の愛好家に限定販売し、得た収益を芸術作品や文化施設の修復や維持、運営支援に活用する。
プロジェクトのきっかけは、館が老朽化し、大規模修繕の必要性に直面したことだ。ワタリウム美術館は1990年に開館した。現代美術を中心に建築や音楽などジャンルを超えた芸術を幅広く紹介し、これまで約120回の展覧会を開催してきたものの、私設ゆえに運営資金のやり繰りに毎回苦しんできた。「地方で芸術祭を開いたり、東京の街を舞台に展覧会をしたり。自由にやればやるほど国などからの支援を得るのは難しく、このままでは続けていけないのではないかと、ここ数年、悩んでいました」と和多利恵津子館長は話す。
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有志と存続を模索する中、ワタリウムだけでなく、同じように財政的な問題を抱える私立の文化施設や、価値ある文化的遺産の維持保存も手助けできないかと、プロジェクトを始めることにした。国宝や重要文化財指定、公的支援の有無にかかわらず、幅広い「文化的資産」の支援を目指す。
作品の売買には、ビットコインなどの暗号資産を利用する「クリプト決済」を導入。国内だけでなく国外からの支援も得やすくした。将来的にはブロックチェーン(分散型台帳)を活用し、どこにいくら寄付したかを可視化することで「公益のために進んで支援し、その貢献を社会全体で称賛し共有するという新しい価値観」を育てたいという。
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第1弾では、世界的に活躍する現代美術作家の杉本博司さんが無償で協力。ワタリウム美術館を撮影した作品「WATARIUM ART MUSEUM 2025」を抽選販売した。直筆サイン入りで限定25点。価格は6000㌦(約85万円)で、今回は別途、ワタリウム美術館への支援金として、700㌦(約10万円)以上の寄付を購入条件とした。

杉本さんは「僕のころは、世の中が面白くないから、社会に反逆的なことをしながらアートをやってきた。今やマーケットリサーチをしてアートを作るという、とんでもない世の中。それでもアートの灯はともしていかなくちゃいけない。その一つの発信源だったワタリウムが存亡の危機ということで、僕も作品を作って恩返ししなくてはと考えた」と話した。
今後は年に2~3回程度、協力作家の新作販売を行い、支援先はその都度決めるという。第2弾は年内を予定している。
2025年6月11日 毎日新聞・東京夕刊 掲載