
発泡スチロール製のいかだで川を下り、山頂でひたすら雷を待つ。風の向く方へ原野を、羊の群れを連れ街中を、歩く--。関西を拠点に活動する美術家集団「THE PLAY」(プレイ)の作品は行為、それも、多くが自然の中で自らの身体を使って行う行為である。そのユニークな活動をひもとく書籍が刊行され、4月下旬、記念のトークイベントが開かれた。
3月に出版された『ザ・プレイ-流れの彼方』(水声社)は半世紀を超えるプレイの活動を、20件超の作品=行為を中心に紹介する。著者は大阪・国立国際美術館で2011年にプレイが参加するグループ展を、16~17年に個展を企画した主任研究員、橋本梓さん。資料やメンバーへのインタビューをもとに、形としては残らない「作品」を克明に描き出した。

例えば、矢印形のいかだで京都から大阪まで1日かけて川を下ったプレイの代表作「現代美術の流れ」(1969年)。数カ月前の発案から、いかだの素材選定に制作、実験、そして当日。午前8時40分に宇治川(京都府宇治市)にこぎ出し、淀川を経て午後8時50分に大阪・中之島の東端に到着するまでのドキュメントからは、「真剣に遊ぶ」プレイの姿が見える。

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表現そのものも、活動期間の長さも無二だが、グループのあり方もユニークなプレイ。行為ごとに募るという開かれた形を取り、リーダーはいない。それぞれ生業を持ち、これまでにのべ100人以上が参加。現在は平均年齢79歳という5人がメンバーとして名を連ねる。
4月26日に同館で行われたトークイベントには、池水慶一さん、鈴木芳伸さん、二井清治さんが登壇。74~75年の「CANOE」など作品の記録映像を見ながらプレイについて語った。
「CANOE」は滋賀県の山で大木を切り、山中で生活しながら原始的な道具で木をくりぬいてカヌーを作り、琵琶湖に進水する--という作品。肉体を酷使することが多いプレイの行為の中でも特に過酷なものだが、池水さんは当時、美術史家・乾由明から「これはアートではない」と言われたことを紹介した。
「じゃあアートって何か。私たちはいつもそれを背負いながらやってきた」。池水さんは、「CANOE」について当時は自身も迷いがあったと明かした上で、「今なら『これもアートや』と堂々と言える」と断言。「力の限界、思いっきりやっていたことが、映像を編集していてわかった。人間、そういうことのできる機会ってないように思う」と語った。
二井さんは「CANOE」で初めて参加。建築家として働きながら「建築に集約されない、並列して立ち上がれるアートはないか」と考えていた時にプレイを知ったという。「木の心を聴き、生活しながらカヌーを作るというキャッチフレーズを見て、面白いかもと参加した」と振り返り、半世紀を経た今も「かなり面白いグループではあると思っている」。鈴木さんは「全然役に立たないことを一生懸命やる。やっている時が、一番自分が考えることができた時間だった」とプレイを表現した。
会場で聴いていた彫刻家の植松奎二さんは「ナンセンスこそ芸術を芸術たらしめている一つの要素。全部美しい」と称賛。現代美術家の今井祝雄さんは「プレイは日常の中に非日常ではなく『異日常』をさりげなくさしはさむ」と評し、「そういう自由な精神が今後の世代に継承されてほしい」と話した。
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11年6月、同館でのグループ展に向け再制作した矢印形のいかだで、プレイは再び大阪市内の川を下った。「69年の再現か再演か、それともまったく別の行為か」。そう尋ねた橋本さんに返ってきた答えは「まあ、続きやね」。42年の時間を挟んだ「続き」に橋本さんは新鮮な驚きを覚え、「時間の流れを大きな形で捉える」プレイの活動に、現代美術の枠組みを超えた普遍性を見いだしたと語った。
11年以降、プレイは毎年のように展覧会に出品。その約半分が海外で、12年に矢印形のいかだはセーヌ川を下り、17年にはベネチア・ビエンナーレに参加した。ポンピドーセンターをはじめ資料の収蔵も続く。
「これからは予測しないことが起こるだろう。アートのあり方みたいなものも、すごく考えていかないといけない時代に来ている」。トークの最後に今後の活動について聞かれた池水さんは、「もっとやっていけるかな」と答えた後、そう付け加えた。
2025年5月28日 毎日新聞・東京夕刊 掲載