伊藤若冲筆の国宝「動植綵絵」のうち(左から)「秋塘群雀図」「群鶏図」「芦雁図」=大阪市天王寺区の大阪市立美術館で花澤茂人撮影

 文化財の最高峰「国宝」を名前に冠した展覧会が、関西の2館で開催されている。大阪・関西万博で世界から人が集まる時期に合わせた企画だが、先人が守り伝えた文化財を後世に継ぐ意味を改めて問う機会となりそうだ。

 「国宝」は文化財保護法で、重要文化財のうち「世界文化の見地から価値の高いもので、たぐいない国民の宝たるもの」と定められる。美術工芸品では2025年5月時点で912件が指定されている。

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 大阪市立美術館の特別展「日本国宝展」には、彫刻や絵画、書跡、陶磁器など幅広い分野から、そのうちの135件が集結する。「国宝の約15%が集まる。日本史の教科書のようだと言っても誇張ではない展覧会になった」と内藤栄館長も胸を張る。

 序盤は日本美術史に刻まれる著名作家たちの作品が並ぶ。江戸中期の絵師、伊藤若冲の代表作である「動植綵絵さいえ」から「秋塘群雀しゅうとうぐんじゃく図」「群鶏図」「芦雁ろがん図」(いずれも国蔵、展示は18日まで)が並ぶ。強烈な色彩、しつこいまでに丁寧な筆遣いで描かれた生々しい表現を堪能できる。20日からは、豊臣秀吉が毛利輝元に贈ったと伝わる狩野永徳の「唐獅子図屛風からじしずびょうぶ」(国蔵)も登場する。

 いにしえの造形にも光を当てる。縄文時代の「深鉢形土器」(新潟県十日町市蔵)からは「火焰かえん型土器」と「王冠型土器」の2点が並ぶ。独特の造形に、およそ5000年前を生きた人たちの感性がにじみ出る。

 会場である大阪ゆかりの国宝の中では刀剣が目を引く。四天王寺蔵の「丙子椒林剣へいししょうりんけん」と「七星剣」は、聖徳太子が佩用(はいよう)したと伝わる。「短刀無銘貞宗さだむね(名物寺沢貞宗)」(文化庁蔵)は秀吉の家臣、寺沢広高が所有し、その後秀吉や織田信長の弟である織田有楽斎、徳川秀忠などに渡ったとされる。為政者や武将たちの息遣いを感じられそうだ。

 「国宝というのはその時代の人たちが命を懸け、未来に何を残そうか考えて生み出したものだと改めて感じた」と内藤館長。万博のテーマが「いのち輝く未来社会のデザイン」であることに掛け「昔の人たちが思い描いた未来社会のデザインを感じていただきたい」と語る。

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 国宝の中でも仏教・神道美術に焦点を当てるのが奈良国立博物館の特別展「超 国宝-祈りのかがやき-」だ。1895年に同館が開館して130年となるのを記念した、館として過去最大規模の国宝展となる。

 「超」の字には多様な意味を込めたという。「研究員が選び抜いた飛び抜けて優れた作品という意味はもちろんある。さらに、時代を超えて先人たちから伝えられた祈りやこの国の文化を、大切に継承していく人々の心こそが、かけがえのない国の宝だというメッセージがある」と井上洋一館長は力を込める。国宝に限らず、奈良博にとって意義深い品を含む143件を展示する。

 会場で最初に出迎えてくれるのは「観音菩薩ぼさつ立像」(法隆寺蔵)。「百済観音」の通称で知られる、飛鳥時代を代表する仏像の一つだ。天に向かってすらりと伸びるようなプロポーションが強い印象を残す。光背の支柱は竹をかたどっており、基部に山岳文様が描かれる。経典では観音菩薩の身長は極めて大きいとされ、人間の想像を超える存在感を表現する工夫を感じさせる。

「百済観音」の通称で知られる法隆寺の国宝「観音菩薩立像」=奈良市の奈良国立博物館で花澤茂人撮影

 他にも「生身の釈迦しゃか」として絶大な信仰を集めた「釈迦如来立像」(清凉寺蔵、20日から)、仏師・運慶の20代の作である「大日如来坐像ざぞう」(円成寺蔵)など名だたる国宝仏が所狭しと並ぶ。

 神道美術では「七支刀しちしとう」(石上神宮蔵)が注目される。剣身の左右に交互に3本ずつ枝刃が延びる唯一無二の形状の鉄剣で、神庫ほくらで大切に守り伝えられてきた。

 4世紀の作とされ、表裏に計60文字ほどの銘文がある。朝鮮半島にあった百済の王の継承者が、(日本)の王のために百の兵を退ける力を持つ七支刀を作ったという内容。4世紀後半、高句麗の南下に対抗し、百済が倭と同盟を結ぼうとした朝鮮半島情勢を伝える歴史の「生き証人」でもある。厚さ数㍉の剣が1600年以上も大切に残された背景には、神への崇敬に加え、平和への願いも込められていたのかもしれない。

 展示を担当した同館の岩井共二教育室長は現代を「文化財の危機の時代」と見る。「世界中で社会の分断が進み、歴史文化への無関心が文化財の破壊につながっている」。だからこそ、この機に世界に発信したいという。「文化財の存在は人間の営みそのものであり、文化財を大事にしない社会は人間を大事にできない。『超国宝』を通じて、先人たちが守り伝えた平和な未来への祈りを感じてもらいたい」と語る。

 会期はいずれも6月15日まで。月曜休館。

2025年05月14日 毎日新聞・東京夕刊 掲載

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