
大阪市内の画廊で初個展を開いたのは17歳、高校2年の時。以来60年、さまざまなメディアを用いて表現を続けてきた美術家・今井祝雄(のりお)さん(78)の個展が、芦屋市立美術博物館(兵庫県)で開かれている。その時々の社会に目を向けながら、「時間」や「認識」といった根源的なテーマを探究してきた今井さんの、現在進行形の軌跡に触れることができる。
9月14日、テープカットではなく「テープアウト」パフォーマンスで展覧会は幕を開けた。2階バルコニーから放たれた黒いテープ。新作「瀑布(ばくふ)-ビデオの時代」だ。再生の機会を失ったVHSビデオのテープが、壁に投影された砂嵐の映像を受けキラキラと光る。反対側の壁には「音声の庭で」(2023年)。再生しない約束で知人との会話を録音したカセットテープを引き出し、展示した。日常生活が知らぬ間に録音・録画されている監視社会が念頭にあったという。
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現在から過去へ時間をさかのぼる構成の本展。近作を展示する1階から2階へ上る階段には、今井さんが1979年から続ける「デイリーポートレイト」が、1年分ずつケースに入って新しい順に置かれている。毎日、前日の1枚を手に持って撮影し、時間の帯を表現した自写像。会期中も、最下段に置かれたケースには写真が追加されていく。
今井さんは大阪市出身。64年の初個展「17才の証言」が「具体美術協会」のリーダー、吉原治良(じろう)の目に留まり、19歳で最年少会員となった。初期のレリーフをはじめ白い作品で注目を集める傍ら、ビデオアートをいち早く制作。他にも音や写真など、表現手法は幅広い。
「Two Heartbeats of Mine」(76年)は二つのスピーカーユニットを張り合わせた作品。片方からは75年の、もう片方からは76年の今井さんの心臓音が流れ、同じ人間の心臓が1年の時を挟んで共振する。「ウォーキング・イベント/曲がり角の風景より」(77年)では、自宅周辺を歩いて道を曲がる度、目の前に広がる景色を撮影。意識して他律的に撮影することで「人が見過ごしていくようなものを等しく見ようとした」という。

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制作姿勢は「作品を作ることを目的化しない」。関心事を探究した先に、作品は結果として生まれる。「作品は行為の副産物。極端に言うとその人が生きた証しだと思う」
本展では過去のインスタレーションを再構成した作品も複数紹介する。「音声の庭で」もその一つで、昨年ギャラリーで発表した時は床にテープを敷き、アクリル板を置いて鑑賞者が上を歩くという展示だった。会話の録音は続行中で、新しい展開を考えているという。「展覧会のタイトル通り、まだまだ未来に向けてやっていきたい」。「今井祝雄-長い未来をひきつれて」は11月17日まで。
2024年10月2日 毎日新聞・東京夕刊 掲載