
美術館や博物館を訪れた際、ミュージアムショップへ足を向けるという人は多いだろう。オリジナルや限定のグッズをそろえ、人気の高いショップも多い。しかし、意外にも、その歴史はそれほど長くはない。
「20歳前後の若者に『あなたがたが生まれたころ、日本の美術館にミュージアムショップはあまりなかったのよ』と言ったら、目を丸くして驚かれた」と話すのは、ミュージアム専門誌『ミュゼ』(現在は休刊)の元編集長、山下治子さん(65)だ。
30年ほど前まで、展覧会の図録などを販売する物販施設は「売店」と呼ばれ、地域の物産や土産物を販売しているところもあった。国公立ミュージアムで最初に物販施設を「ミュージアムショップ」と位置づけたのは、1977年に開館した大阪・千里の国立民族学博物館(民博)だ。だが、国公立施設では直営で収益事業を行いにくいことや、ミュージアムショップやグッズの概念がまだ国内で確立していなかったこともあり、「他へ波及しなかった」という。
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ミュージアムショップが知られるようになったのは、バブル経済で海外旅行が身近なものになったころ。人々は欧米を訪れ、メトロポリタン美術館やルーブル美術館、大英博物館などを観光した。すると、そこにはミュージアムショップがあり、おしゃれなグッズを売っている。居心地のいいカフェやレストランもあり、その空間を存分に味わえる。雑誌が特集記事を組んで紹介することでさらに広まり、88~90年ごろには、百貨店に海外のミュージアムグッズを扱うコーナーができるなど一大ブームが起きた。
ブームを受け、民間では常設のミュージアムショップをつくり、オリジナルグッズを販売するミュージアムも増えていった。国公立では東京国立博物館(東京都台東区)が90年、本館地下1階に約600平方㍍の常設ミュージアムショップをオープン。「当時、日本のミュージアムはまだ『お宝を見せてあげる』的な、旧態依然とした上から目線の姿勢のところが多かったので、お堅い博物館に本格的なミュージアムショップができたと話題になりました」
94年には国立科学博物館(同)のショップがリニューアルオープン、民博も97年にショップを一新するなど、店舗設計やグッズ開発に真剣に取り組むミュージアムが増えていった。「堅い・暗い・かび臭いと言われたミュージアムが、開かれた親しみやすい場所へ変わろうと、利用者サービスに重点を置き、広報宣伝や収益面からもミュージアムショップは重要と認識されるようになった」と山下さんは話す。
2000年前後の国公立ミュージアムの運営をめぐる環境の変化もこの動きに拍車をかけた。国立は独立行政法人化され、公立には指定管理者制度が導入されたことで、入館者や収益の増加が求められるようになり、ショップの重要性はさらに増していった。
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ミュージアム情報サイト「アイエム」の利用動向調査(23年)によると、「ミュージアムショップに行く」と答えた人は、全体の71・5%。「行くけど見るだけ」10・5%、「時々行く」16・3%と合わせると、実に9割以上の人がショップに足を運んでいる。購入金額も「1000~3000円」が56・1%、「3000円以上」が17・7%で、観覧チケットと同等かそれ以上の金額を使っている。
「ここ数年で、ミュージアムショップやグッズへの意識が変わってきた」と指摘するのは『ミュージアムと生きていく』などの著書があるミュージアムグッズ愛好家の大澤夏美さん(37)だ。
昨年クラウドファンディングで9億円超を集め話題を呼んだ国立科学博物館の例に見るように「ミュージアムの運営にはお金がかかる。利用する側もきちんとお金を払って応援しないと続かないということが浸透してきた」という。「好きなタレントや物を応援する〝推し文化〟が広まったことで、推しのグッズを買うことに抵抗がない、むしろ好きな対象にお金を払うのは当然という意識を持つ人が増えているのでは。単なるブームではなく、ミュージアムを応援しようという思いから、ショップやグッズが注目されていると感じます」
年間200~300館を訪れ、3000を超えるグッズを購入してきた大澤さんは「ミュージアムショップは展示室の延長だと言った研究者がいますが、まさにその通り。展示で伝えきれなかったり、見せきれなかったりした場合に、ショップやグッズを活用すれば、もっと面白くなると思っています」。
山下さんは「展覧会を見るだけなら受動的な体験ですが、ショップを訪れて気に入ったものを買うことは能動的な行動です。ミュージアムショップは自らの体験を、能動的なものとして再確認できる場所なのです」と語る。
2024年10月17日 毎日新聞・東京夕刊 掲載