フレデリック・エドウィン・チャーチ「アメリカ側から見たナイアガラの滝」1867年
フレデリック・エドウィン・チャーチ《アメリカ側から見たナイアガラの滝》1867年 © Trustees of the National Galleries of Scotland

【展覧会】「スコットランド国立美術館 THE GREATS 美の巨匠たち」東京都美術館、来月3日まで

文:千足伸行(成城大名誉教授・広島県立美術館長)

西洋美術

18世紀、花開いた英絵画

 「スコットランド国立美術館 THE GREATS 美の巨匠たち」展が東京・上野の東京都美術館で開催されている。スコットランド国立美術館が誇る至宝から、ラファエロ、エル・グレコ、ベラスケスなど、ルネサンス期から19世紀後半までの西洋美術史を彩る巨匠の作品を展示するほか、イングランド、スコットランド絵画の名品を多数見ることができる。本展について、成城大名誉教授で広島県立美術館長の千足伸行さんに寄稿してもらった。

 イギリスは詩や小説の国ではあっても、絵画については長らく「後進国」であった。イギリス絵画がその名にふさわしいものを確立するのは「イギリス絵画の父」と目される18世紀のホガース以後のことである。現に本展でも本来のイギリス絵画が登場するには18世紀後半のジョージ・モーランドを待たねばならない。

 イングランド、スコットランドを問わず、イギリスで古くから人気のあったのは肖像画、とりわけ絵で見る「家系図」とも言うべき王侯貴族の肖像画である。ロンドン、スコットランドのエディンバラ、それにアメリカのワシントンには国立の肖像画専門の美術館があるが、これは他国にはないことで、アングロサクソン人における肖像画の人気の高さを物語る。イギリスの肖像画といえばまずは18世紀のレノルズ、ゲインズバラであるが、アラン・ラムジーも彼らに勝るとも劣らずで、今回のラムジーの女性像についてもモデルの目元、口元にただようかすかな笑みは、有名な「モナ・リザ」に通じるものがある。

 19世紀半ばに秘密結社的なグループとして登場してきたラファエル前派の中心的な画家であったミレイは、その「顕微鏡的」ともいうべき細密描写で知られるが、数年後には初期の画風からここに見るような穏やかな画風に衣替えしている。この絵の文学的なタイトルはビクトリア朝の女流詩人エリザベス・ブラウニングの詩から取られており、遠くを見つめる少女の澄んだ無垢(むく)なまなざしが印象に残る。服装を見るかぎり下層階級の出と思われ、かごの中の多くのスミレからして花売り娘であろうか。

ジョン・エヴァレット・ミレイ「「古来比類なき甘美な瞳」」1881年
ジョン・エヴァレット・ミレイ《「古来比類なき甘美な瞳」》1881年 © Trustees of the National Galleries of Scotland

 19世紀は「風景画の世紀」とも呼ばれ、自然に加え、パリやロンドンなどの都会も「風景」として描かれたが、イギリスの風景画を確立し、「イギリス・ロマン主義ここにあり」を宣言しているのがターナーとコンスタブルである。イギリス国内はもとよりヨーロッパ中を旅したターナーは、あらゆるタイプの風景を手がけた「風景の百科全書派」ともいうべき存在である。今回の作品は光と影が微妙に交錯する夕べの光景であるが、これは本来の自然風景ではなく、ある貴族の広大な領地を描いたもので、画面ほぼ中央に遠く見える豪壮な館は、この絵の注文主のそれである。注文主の名門貴族としての意識が描かせた絵ともいえよう。

ジョゼフ・マロード・ウィリアム・ターナー「トンブリッジ、ソマー・ヒル」1811年
ジョゼフ・マロード・ウィリアム・ターナー《トンブリッジ、ソマー・ヒル》1811年 © Trustees of the National Galleries of Scotland

 わが芭蕉(ばしょう)さながら生涯を旅にささげたターナーに対し、コンスタブルは国外はおろか、イギリス国内もほとんど旅することがなく、郷土の田園地帯のみを描き続けたといっても過言ではない。「デダムの谷」もそのひとつで、右手前の緑濃い樹木から左の田園地帯、さらに遠景へと展開する構図は17世紀の古典的風景画に通じるものがある。しかし、変わりやすいイギリスの天候を映すかのようなドラマチックな空と雲はコンスタブル独自の世界である。

ジョン・コンスタブル「デダムの谷」1828年
ジョン・コンスタブル《デダムの谷》1828年 © Trustees of the National Galleries of Scotland

 最後にイギリスから独立したアメリカの風景画家チャーチの「ナイアガラの滝」を見ておきたい。独立間もない当時のアメリカの画家にとって、ヨーロッパにはない原初的かつ雄大、崇高な自然を描くことは国民的な誇り、魂を描くことであった。この絵の縦、横が優に2メートルを超えるサイズにも画家の意気込みがうかがえよう。

フレデリック・エドウィン・チャーチ「アメリカ側から見たナイアガラの滝」1867年
フレデリック・エドウィン・チャーチ《アメリカ側から見たナイアガラの滝》1867年 © Trustees of the National Galleries of Scotland

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スコットランド国立美術館 THE GREATS 美の巨匠たち
「スコットランド国立美術館 THE GREATS 美の巨匠たち」公式図録表紙

INFORMATION

開催概要

〈会期〉
7月3日(日)まで。月曜日休室(6月27日は臨時開室)。開室時間は午前9時半~午後5時半、金曜日は午後8時まで(入室は閉室の30分前まで)。※詳細は特設サイト(https://greats2022.jp)で。

〈会場〉
東京都美術館 企画展示室(JR・地下鉄上野駅下車)

〈観覧料〉
日時指定予約制。美術館窓口で当日券を販売していますが、ご来場時に予定枚数が終了している場合があります。詳細は特設サイトでご確認ください(https://greats2022.jp)。一般1900円、大学生・専門学校生1300円、65歳以上1400円。高校生以下無料(日時指定予約必要)。未就学児は日時指定予約不要。
 ※身体障害者手帳・愛の手帳・療育手帳・精神障害者保健福祉手帳・被爆者健康手帳をお持ちの方とその付き添いの方(1人まで)は無料(日時指定予約不要)。
 ※高校生、大学生、専門学校生、65歳以上の方、各種手帳をお持ちの方は、証明できるものをご提示ください。

〈問い合わせ〉
050―5541―8600(ハローダイヤル)

主催:公益財団法人東京都歴史文化財団 東京都美術館、毎日新聞社、NHK、NHKプロモーション
協賛:信越化学工業、DNP大日本印刷
後援:ブリティッシュ・カウンシル
協力:日本航空、ルフトハンザカーゴ AG

2022年6月3日毎日新聞・東京朝刊

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