先月の一休宗純(1394~1481年)の一行書は、闊達(かったつ)で力強く、余白の使い方が見事で全体としてうまくバランスを取っていた作品であった。よく知られているように禅宗の高僧であり、その書も中国書法を基盤としていることが明らかであった。
今月の天隠龍澤(1422~1500年)はいかがだろう。図版に目を向けてほしい。彼は一休より少し遅れて室町時代に活躍した人物である。彼も臨済宗の高僧で、建仁寺の二百十八世、南禅寺の二百三十一世となっている。その書法の基盤とするものは当然ながら中国書法であるが、この偈頌(げじゅ)は流麗で伸びやかな筆法を駆使したものである。一見すると日本風の書である和様を思わせる。かなり前の日曜版連載コラム「書の美」で取り上げているが、一休の書と対比したくなったので「書の楽しみ」でも再登場させた。書を見る場合に、その作品だけ見る時と、他の作品と比較する時がある。ほぼ同時代でも、その個性は際立っていることに注目してほしい。書には時代性と個々人の美意識の違いがある。
書の魅力は、中国風(唐様)であれ、日本風(和様)であれ、見どころは大きく変わるものではない。最初に目に入るのは通常は造形であり、整えられた美しい字形に目が行くのは当然である。書において、それ以上に大切なのが線質である。和様であっても、唐様であっても、その線質こそが作品の総(すべ)てである、と言う人もいるぐらいである。仮名の作品はおおむね和様で優美な書風と考えられるが、実は「藍紙本万葉集」や「金沢本万葉集」のように男性的な書法もある。一方、書聖として尊重される東晋の王羲之(おうぎし)であるが、日本でも高い尊崇を集めるのは、その優美な字形と筆法に日本人の好みが合致しているからである。
こうして改めてこの作品を見ると、「真人深く閉ざす大槐宮。一枕の清風、瞬息の中。空劫、今に至るまで佛と祖と。楼頭知る、是れ幾聲の鐘なることを」と柔軟で軽妙、そして洒脱(しゃだつ)に書き進めている。1行目の下の「瞬」、2行目の「中」「佛」、3行目の中ほどの「聲」、さらには4行目の署名の「叟」の最終画は勢い余って隣の「石」の文字に掛かるなど、文字の大小にメリハリをつけながらも全体のバランスに配慮した表現力が素晴らしい。また、比較的細くて穂先が長い筆を駆使して、潤渇の妙を見せながらの執筆で、叙情性も豊かである。まさに、日本人の感性にも合致する作品といえよう。
落款から南宋時代の禅僧である介石智朋の「夢宅号頌」を揮毫(きごう)したものと分かる。また、「前南禅黙雲天隠叟龍澤書」(「天隠」の朱文方印・「龍澤」の朱文丸印)の署名から、南禅寺を退隠したあとの執筆と明らかである。天隠龍澤は、彼の別号「黙雲」を冠した詩集『黙雲集』などを残す漢詩人としても名高い。更に自身の文集『天隠和尚文集』や中国の優れた七言絶句を集めた『錦繍段(錦繍叚)』を編さんするなど漢籍の造詣が深い人物としても知られる。
2026年7月20日 毎日新聞・東京朝刊 掲載