作品を見て、全体のバランスはいかがでしょう。最初の4文字の「教外別傳」がたっぷりと筆に墨を含ませて大きく、続く「不立文字」がやや小さく書かれている。一見すると均等なバランスとは言いがたいが、大きく逆のS字にうねるように揮毫して、一行としてのバランスを保っているように見えませんか。途中でかすれてきたら、墨継ぎをしたくなるが、一気呵成に仕上げている。また、通常の一行書であれば「宗純書之」の署名の部分は作品の中央の左あたりに書きたくなるところであるが、この作品では左下に巧みな草書で揮毫し、「一休」の朱文方印を重ねるように捺している。
一行に書いた「教外別傳不立文字」の下にできる余白を計算したかのような署名である。まさに、余白が生きている。恐らく、計算しての揮毫ではなく、書き終えたら余白ができたのが実際かもしれない。凡人は余白部分の紙を切断して、全体を整えるのが普通であろう。一休は、その余白を生かして署名を加え、世の中には無駄なものは何一つありませんよ、と言っているかのようである。
次に、線質を見ると力強く闊達に書き進めているように見える。言葉を換えれば力任せにグイグイと書いているようにも見える。ところが、「教」の旁である攵の3画目、「別」の旁である「刀」(かたな・りっとう)の2画目などの曲線を巧みに加えて、硬軟を巧みに交用している。臨機応変の対応、全体を見据えた視野の広さが見事である。
一休といえば、京都・大徳寺の真珠庵に伝わる「諸悪莫作」「衆善奉行」の対幅が最も著名である。これも、直線と曲線の見事な交用、それに余白の使い方が際立って素晴らしい。また、東京国立博物館の「大燈国師上堂語」でも、曲線の使い方、強調する線の扱いが個性的である。これらの作品と共通する感覚で仕上げた作品として筆の動きを追いかけて見てほしい。
ところで、「教外別傳不立文字」は、文字に起こされ、言葉で表現された仏の教えに加えて、その他に真の教えがあるという意味である。これは、禅の基本的な考えを述べており、本当の教えは言葉を介してではなく、修行を通じて人から人へ、まさに以心伝心の境地で伝えられるものである、と説いている。
筆者の一休宗純(1394~1481年)は、室町時代の初めから半ばにかけて活躍した禅僧である。6歳で京都・安国寺に入って以降、禅の修行を積み、後に大徳寺の第48世となった日本の僧侶の中でも著名な一人である。彼は、大燈国師(宗峰妙超)、更には先に述べた「大燈国師上堂語」では「虚堂七世の孫」と落款にも記しており、先学の禅風にまでさかのぼって研さんを積み、理想を追求した人物であった。その結果、自身の生き方を貫いた行動が、奇行にも映ったのかもしれない。これが、多くの方に〝頓知の一休さん〟として知られるゆえんであろう。既存の権威を恐れない自由奔放にも見える姿から、多くの人が帰依した。
2026年6月16日 毎日新聞・東京朝刊 掲載