秋の夕暮れ。黒っぽく重厚な木造建築のガラス窓から、柔らかい光が漏れていた。和歌山県橋本市のJR高野口駅(旧紀和鉄道名倉駅)前で威容を誇る「旧葛城館」だ。以前は高野山に参る宿泊客でにぎわった。建築年は定かではないが、1901(明治34)年に紀和鉄道が名倉駅まで開通し、03年ごろには旅館の創業者が全国の参拝者向けに宣伝チラシを配布した。
3階建ての「入り母屋造り」で、正面には唐破風と千鳥破風が二重に付けられている。5代目当主の大矢裕さん(62)は「明治から大正にかけて3層構造になったと聞いています。外観や内装の木材は黒光りしていますが、白木造りなので当初は白かったはず」と説明する。歳月が織りなした黒、というわけだ。
94年に営業を終了し、2001年に国の重要文化財に登録された。12年の保存修理を経て、今年3月、「Cafe葛城館」として再開。2階にはじゅうたんを敷き、解体した別棟の木材を再利用したテーブルやイスを並べた。それ以外は、内外観とも当時のまま。かつての雰囲気を伝えている。
2024年11月3日 毎日新聞・日曜くらぶ 掲載