「再現模造」とは、いささか耳慣れない言葉である。もともと、模写(絵画)にせよ模刻(彫刻)にせよ、模造とは本来実物の再現を目指すものである。「模造」と言えば事足りるところを、あえて「再現模造」と銘打つのには、どのような意味があるのだろうか。
というのも、現在東京都港区・六本木のサントリー美術館において、「御大典記念 特別展 よみがえる正倉院宝物―再現模造にみる天平の技―」と題する展覧会が開かれているからである。
正倉院宝物とは、聖武天皇ゆかりの品々をはじめ、関連する貴重な文書、工芸品などで、その管理保管は、出庫に際しては天皇の勅許を必要とする厳密なものであった。この勅封(ちょくふう)制度は現在も続けられているが、高温多湿のわが国では宝物管理上「曝涼(ばくりょう)」(虫干し)をする必要があり、現在では毎年その機会に、宝物を一般公開する「正倉院展」が行われている。
それと同時に、宝物についての厳密な科学的調査も明治時代から進められ、それに基づいて天平時代の技術、工法による模造製作が行われた。つまりそれは、単なる模造というよりは、もうひとつの実物(本物)を生み出す。それが「再現模造」である。
例えば、出品作のなかに「螺鈿紫檀五絃琵琶(らでんしたんのごげんびわ)」の再現模造がある。五絃の琵琶はもともとインド起源で、その存在は中国の文献などによって知られていたが、作品はすべて失われ、正倉院宝物が世界唯一の現存品である。全面に夜光貝による螺鈿と玳瑁(たいまい)(ウミガメの甲羅)の華麗な装飾が施されているが、長い歳月のあいだにそのかなりの部分が抜け落ちてしまった状態になっていた。そこで「再現模造」の登場となる。すなわち、形状はもちろんのこと、同じ材料、同じ構造、そして天平時代と同じ技法を用いて、宝物五絃琵琶の当初の姿を、文字通り「再現」して見せたのである。
その制作にあたっては、原宝物の細かい部分まで、つくり手の指が感覚的に捉えて再現していくという。例えば、装飾を象嵌(ぞうがん)するのにも、天平の工人は均質でシンメトリーなものを避けて、すべてに力を込めず、手のかけ方に緩急がある。それが天平時代の美意識であるので、再現模造でもそのおおらかな雰囲気を大切にするよう心がけるという。
また、楽器として音の要となる絃については、皇居内の紅葉山御養蚕所で育てられた日本固有の品種、小石丸の繭が古代の繭に最も近く、絃にも適しているので、その繭の特性を生かすように製糸してそれに撚(よ)りをかけ、五本の絃に仕上げた。むろんすべて手仕事である。この五本の絃を再現模造に張ると、香り高い古代の音が鳴る。展覧会場にはその柔らかい豊かな音色が流れている。
展覧会全体の構成としては、五絃琵琶に代表される「楽器・伎楽」を第1章として、以下、「仏具・箱と几(き)・儀式具」(第2章)、「染織」(第3章)、「鏡・調度・装身具」(第4章)、「刀・武具」(第5章)、「筆墨」(第6章)の6章仕立てで、各章に作品の内容説明とそれぞれの「再現模造」が配される。全部を合わせて総計128点の出品作によって、会場は1300年近く昔の壮麗典雅な美の世界に変貌する。見事というほかはない。(3月27日まで。次いで長野・松本市美術館に巡回)
2022年2月10日 毎日新聞・東京夕刊 掲載