長江重和「列なりのかたち」2022年 作家蔵

【KOGEI!】
瀬戸陶芸の地域力

文:外舘和子(とだて・かずこ=多摩美術大学教授)

工芸

 愛知県の瀬戸は無釉焼締(むゆうやきしめ)が主流であった中世六古窯の中で、唯一施釉陶(せゆうとう)が焼かれた歴史を持つ。また江戸時代以降、特に東海から関東以北では「せともの」がやきものの総称として使われるほど、瀬戸は日本の代表的窯業地である。更に、現代の「陶芸」や「陶芸家」という語が普及した背景にも、瀬戸の力が大きい。

 やきものを総称する「陶芸」は比較的新しい言葉で、公的には昭和初期の1930年代に誕生した。まず31年、京都で結成された「日本陶芸協会」に使用されたが、京都は陶芸だけでなく染織などさまざまな工芸の作り手が多かったこともあり、むしろ戦後創設された「京都工芸美術作家協会」が、素材や会派を超えた作家集団として機能していく。

 一方、瀬戸では36年、「瀬戸陶芸協会」が誕生した。設立時の顧問は、端正な器で知られる板谷波山、動物をモチーフとする沼田一雅、陶磁デザインに優れた日野厚など、日本を代表する先駆的陶芸家たちが務めている。設立当初から瀬戸の意欲的な作家約50人が集い、日展系、伝統工芸系などの会派や作風を超えた団体として成長した。今年は90周年を迎え、瀬戸市美術館で特別展「瀬戸陶芸協会90年のルーツを辿(たど)る」が開催中である(27日まで)。会場には、染付(そめつめ)、鉄絵、色絵、黄瀬戸、織部など多様な装飾や質感の器、造形性豊かなオブジェ、壁面展示の立体など、一つの地域とは思えないほどの幅広い作品125点が並ぶ。

 陶芸のみで実にバラエティーに富んだ作品が出てくる背景には地域の力もある。瀬戸は陶土も磁土も採れ、歴史的な窯業基盤により、さまざまな作陶の道具を入手しやすく、陶芸家は自身の表現に合った土や道具で自由に造形できる。

 石膏(せっこう)型鋳込み成形という、もとは実用量産の手法を芸術表現に用いる長江重和のような陶芸家が現れる背景にも、瀬戸の地域性は大いに関係している。長江によれば、瀬戸の磁土は、九州の磁土よりも石膏離れがよく、鋳込みに向いているという。一方、瀬戸で実用食器を生産する祖父や父の仕事を見てきた長江は、焼成で歪(ゆが)みやすいという磁器の弱点を、逆に表現に活(い)かすことはできないかと考えた。

 瀬戸の土の特徴、窯業地ならではの経験の積み重ねは、長江独自の陶芸表現に結実していく。長江が陶芸を学んだ、100年以上の歴史のある愛知県立瀬戸窯業高校専攻科の師・川原康孝の「弱点への妥協と勘違いされない、明確な表現意図を示す形に」という助言も心に響いた。長江の作品は、石膏型鋳込み成形による大きな器の側面部分を歪ませる造形を経て、現在は成形・素焼き後、器の底を削り取って側面部分のみを2種類用意し、構成して一体焼成するもので、磁器ならではのシャープなエッジと豊かな曲面による抽象的な造形へと展開している。磁土のマイナスとされてきた性質を、表現における大きなプラスへと変換した長江の作品は、70年代から数々の公募展で受賞し、現在、欧米の美術館にも収蔵されている。

 陶芸家にとって、地元の素材の特質はもちろん、産地の歴史を含めた地域性は、工夫次第で表現の可能性を大いに拡張し得るのである。

2026年9月15日 毎日新聞・東京朝刊 掲載

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