池田晃将「雷龍回廊図飾箱(らいりゅうかいろうずかざりばこ)」

【KOGEI!】
石川県の「工芸力」

文:外舘和子(とだて・かずこ=多摩美術大学教授)

工芸

 「未来につながるものづくり」への取り組みを顕彰する三井ゴールデン匠賞の第5回の受賞者、入選者が決定し、1月末に贈賞式が行われた。筆者は第3回から審査員長を務めてきたが、今回も創造性豊かで優れた工芸制作への取り組みが、その成果である作品と共に幅広い領域から選ばれている。漆芸、染織、竹、ガラス、陶芸などのほか、和傘、水引、和紙、木彫欄間など、一般的な工芸展では必ずしも見られないジャンルも含まれ、成果物としての作品の質はもちろん、どのようにその領域に取り組み、貢献しているかといった姿勢も評価の対象となる。日本の工芸の現況を広く認識できる賞といってもよいだろう。

 今回の特徴の一つに、漆芸領域が多いことが挙げられる。ただし、ひと口に漆芸といっても、螺鈿(らでん)、蒔絵(まきえ)、変わり塗りなど、受賞者各人の技法はさまざまであり、成果物としての作品内容も多様である。さらに注目すべきは、石川県の応募者の受賞率が高かったことであろう。この地域の工芸の歴史が充実しているだけでなく、現代においても、石川県立輪島漆芸技術研修所、石川県立九谷焼技術研修所、金沢美術工芸大学、金沢卯辰山工芸工房など、人材を育てる教育機関の運営に地元を挙げて尽力してきた成果の表れと見ることもできる。恐らく、人口当たりの工芸関係者数も他県と比べ、石川県は多いのではなかろうか。

 受賞者の一人、千葉県出身の池田晃将(てるまさ)は、金沢美術工芸大学大学院を修了後、金沢卯辰山工芸工房で学び、現在も金沢で制作している。池田はレーザーカッターなど先端的な道具を取り入れることで、手と刃物では不可能な螺鈿の極小パーツを作り出し、それを漆の塗面に丹念に張っていく。その作品は、例えば情報や電気信号など目には見えない世界を可視化したかのようであり、漆芸という伝統的な素材と技法で〝現代〟を表現しているのである。

 また加賀友禅で受賞した久恒(ひさつね)俊治は、明治以降、堅牢(けんろう)度の高い化学染料が普及した友禅の世界に、植物染料による染めを復活させた。堅牢度に優れた植物染料を大学の研究者と共同開発して植物染料の弱点を克服し、自ら手摘みした地元の桜の花びらから染料を作り、環境を汚染することなく、また植物染料ならではの優しい色合いで現代の加賀友禅を制作している。

 さらに別の漆芸の受賞者、約20人の職人が制作に勤(いそ)しむ「彦十(ひこじゅう)蒔絵」代表の若宮隆志は、輪島で若手を育成すると同時に、各々(おのおの)の個性や技能を活(い)かし、また漆芸以外の作家たちとも積極的に交流することで、新たな漆芸の可能性を見出(みいだ)すことに努めてきた。震災後、仕事場を輪島から金沢に移して継続していた若宮代表がこの2月末に急逝されたことが惜しまれる。

 昨年の能登半島地震や奥能登豪雨にもかかわらず、石川県の工芸従事者が前向きな姿勢を失っていない様子は驚くべきことだ。未(いま)だ復旧は途上にあり、困難や不便を抱えている人々も少なくないだろう。被災者への支援はなお必要である。工芸の現在と未来における〝地域性〟を、さまざまな意味で考えさせる賞の結果であった。

2025年3月11日 毎日新聞・東京朝刊 掲載

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