芥川宏さん「ハナコ酒器セット」=2024伊丹国際クラフト展提供

【KOGEI!】
想像力刺激する具象の酒器

文:外舘和子(とだて・かずこ=多摩美術大学教授)

工芸

 昨年末に、日本の「伝統的酒造り」がユネスコ無形文化遺産に登録された。日本酒は杜氏(とうじ)や蔵人が麴(こうじ)菌を使い、その土地の気候風土に合わせて造るもので、専門的な知識や経験を要するという意味で工芸にも通じる。例えば、藍の染料で絣(かすり)糸を染める織物作家は、日々藍甕(がめ)の様子を見ながら藍を適切に発酵させることで美しい濃紺の発色を生み出している。

 この国際的なニュースに、江戸時代以来の酒蔵で表彰式を開催する2024伊丹国際クラフト展「酒器・酒盃(しゅはい)台」(兵庫・市立伊丹ミュージアム、12月22日終了)は大いに盛り上がった。日本酒は今や、ワイン同様、宴席やコミュニケーションをもり立てるものとして、広く海外でも楽しまれつつある。25回目を迎える2024伊丹国際クラフト展には、海外11カ国を含む、総数1184点の応募があった。

 今回は、素材の上では木工、金工などが健闘し、具象的な作品も見られた。受賞作の一つは、例えば数本のふっくらとした愛らしいキノコの形をした木製の酒器。柄の部分が徳利(とっくり)に、傘を取り上げて逆さに持つと盃(さかずき)になるというアイデアが秀逸である。キノコの柄の部分は薄い色の木、傘の部分は濃い色の木を使用し、木目も生かされ視覚的にも美しく、手触りも滑らかで優しい。「マッ酒ルーム」というタイトルも洒落(しゃれ)ている。

 さらに、大賞は、これまでには見られなかったタイプのインパクトある具象的な酒器が受賞した。その名も「ハナコ酒器セット」。作者が設定したハナコという女性の顔や身体で構成し、特に真っ赤な唇とピンク色の舌が強烈な印象である。徳利(注器)の方は、舌が外れ、口の中に日本酒を注入する。つまり、これから客人がいただく日本酒を、まずこの女性が「飲む」わけである。そして、女性の伸びた右足のつま先から日本酒を盃に注ぐ。受ける盃は別の女性の舌の先から外して飲み、再びその舌先に戻すことになる。盃の細い高台は舌の先の穴に差し込めるようになっており、一見危ういバランスに見えながら、戻すと安定している。造形的にも構造的にも斬新だが、奇抜でエロティックでもあり、私を含め審査員の間には、これを大賞とするのに、ある種の勇気が必要でもあった。

 しかし、この酒器が単に奇をてらったもの、アイデアのみに終始するものではなく、純白の磁器の鋳込み技法による微塵(みじん)も手跡を残さない圧倒的な完成度は、エロティシズムを超えた一種の「清潔感」を示している。また、合理的な構造や仕組みは、使い手の所作と組み合わせるとどこかユーモアも感じさせ、結果、大賞受賞に至った。表彰式に現れた生真面目そうな作者は、この酒器に人間の傲慢さへの反省も意図したと語っている。磁器だけでなく陶器も手掛けるそうだが、白い磁器の清潔感が架空の主人公ハナコには確かに必要である。

 酒器に託したストーリー、アイデア、形態の美しさ、手に取る行為、その全てが使い手の想像力を刺激する。日本酒が国際的な宴(うたげ)の場に用いられる時代、豊かな対話を生み出すには格好の受賞作といえようか。

2025年1月13日 毎日新聞・東京朝刊 掲載

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